きみと駆けるアイディールワールド―赤呪の章、セーブポイントから―
 景色が一瞬で変化した。深い緑色が一斉に覆いかぶさってきた。
「こんなんだったんだ……」
 ニコルの魔力の前では従順だった熱帯雨林が今、妖気すら漂わせている。襲いかかってきそうだ。足下に、ニコルが使役していたフキの葉が落ちていた。
「こりゃあ、やっぱ、完全に足止めだな」
 ラフは、目の前にそびえ立つ巨大な木を見上げた。鳥の声が降ってくる。ギャアギャア、と、不気味な鳴き声。
「ラフ、どうする? アタシたちも落ちる?」
「んー、せっかくだから何か話そうぜ。ほら、クォーターミニッツのご褒美、まだもらってないしな」
「バカ! ログアウトするわよ」
 冗談冗談、とラフは手を振ってみせた。コイツのこういう軽いノリ、ほんとにムカつく。
「お姫さまは、いつごろからピアズやってるの?」
 当たり障りのない話題に切り替わった。普通の会話だったら続けてもいい。画面に向かっての会話なら、アタシも一応ちゃんとできるから。
「アタシが始めたのは、一年くらい前よ。ピアズが配信されて、半年以上たってたと思う」
「半年以上か。いいタイミングだな」
「どういう意味?」
「ちょうどバグがなくなって、運営が落ち着いてきた時期だから。ほら、ピアズは『法令上、唯一公認されたオンラインゲーム』って政府のお墨付きで、仰々しく配信が開始されただろ」
 二十一世紀初めごろと違って、今は、ネットの世界は全面的に管理されている。「ネットで他人とつながるゲーム」だなんて、アタシが小さいころは昔話みたいなものだった。
「最初はユーザが殺到して、サーバの負荷がハンパなくてさ、フリーズやエラーが、しょっちゅう起こってた。国内外のエンジニアを総動員で駆り出して、大騒ぎだったんだぜ。そんだけでっかい社会現象なの、ピアズってゲームは」
「詳しいのね」
「オレも駆り出されたもん。オレってば、できる男だから」
 なによ、それ? 結局コイツ、自慢したかっただけなの?
 でも、それでわかった。ラフの「中の人」ってエンジニアなのね。しかも、かなりピアズに詳しい系の。どうりで、隠し技みたいなスキルばっかり持ってるわけだわ。
「言っとくけど、アタシは、流行りに乗っかったわけじゃないわ。数十年ぶりのオンラインゲームだから、なに? アタシは、レトロでシンプルな剣と魔法の世界観が好きなの。ほかに興味のあるゲームがなかったからピアズを始めたのよ」
「なるほどね。オレも、ピアズの世界観が気に入ってるよ。二十世紀末ごろの古き良きRPGみたいだよな。オレ、あの時代のRPGをマジでリスペクトしてる」
「古き良き、ね。復刻版を兄が集めてるから、アタシもひととおりプレーしたわ。グラフィックは頼りないけど、ストーリーはいいのよね」
「お、話が合うな」
 ラフがアタシを見つめて微笑んだ。
 彫りの深い顔立ち。黒いふたつの目が、キラキラ輝いている。吸い込まれそうなまなざし。こうやって見てたら、傷のあるラフの顔、ほんとにカッコよくて。
 じゃなくて。
 アタシは慌てて目をそらした。
 グラフィックがキレイすぎるのも問題だわ。ネットを介した向こう側にはユーザがいる。それなのに、うっかり見とれちゃうなんて、恥ずかしすぎる。
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