きみと駆けるアイディールワールド―赤呪の章、セーブポイントから―
 結局ドタバタだった温泉帰り道、クラを見付けた。白い星形の花が咲く木の下だ。
 ぼんやりと花を見ていたクラに、アタシは声をかけた。クラは驚いた様子で、小さく跳び上がった。
「ああ、シャリンさまでしたか。すみません、考え事をしていました。シャリンさまは里の者たちと話ができましたか?」
「そうね」
「この花はプア・メリアといいます。子どものころ、ワタシはよくこの木のそばで遊んでいました。次の長になるべきあのかたがプア・メリアを好いていたので」
「家出しちゃったんでしょ、その人」
「あのかたが里を出て行かれたのは、長に反発してのことでした。ですが、二人の口論の原因はワタシの存在だったと思います。年月を重ねるにつれて、あのかたは、ワタシを遠ざけるようになられました」
「ふぅん。アンタ、いじめられてたの?」
「あのかたは、本当はとてもお優しいのです。故郷を失ったワタシを引き取るように、と長を説得してくださったのは、あのかたでした。ご自身も幼くして母親に先立たれておられますから、ワタシのことをほうってはおけなかったのでしょう」
 クラはプア・メリアの花びらに触れた。彫りの深い横顔が寂しそうにかげっている。
 足下に落ちた影が、いつの間にか、ずいぶんと長い。景色が橙色の光に染まり始めている。クラが言ってた「夕刻」だ。ストーリーが進み出した。
 クラは気を取り直すように、アタシに微笑みかけた。
「ワタシは一足先に、家に戻ります。皆さまもご準備ができましたら、ワタシの家へおいでください」
 一礼して、クラは歩き去った。
 入れ替わりに、アタシの視界に、不届き者たちの姿。
「ラフ! ニコル!」
 ビクリと固まる二人。アタシは突進した。もう一回、ぶっ飛ばしてやる!
 が。
「「先ほどは、どうも申し訳ありませんでしたっ!」」
 二人のほうが素早かった。華麗な身のこなしで、ジャンピング土下座。
「あ、謝って済むと思うのっ? リアルだったら犯罪よ? い、いくら、ゲームだからって、こんなの最低!」
「いや、あのさ、お姫さま。これはシステム的なことなんだけどさ……」
「システム? どーいうことよ?」
 ニコルが暴露した。
「男にとって、温泉をのぞくイベントはね、究極の料理を食べるのと同じだけの効果が得られるんだよね。料理には材料費がかかるけど、温泉をのぞくのはタダでしょ。だから、絶好のチャンスだと思って、ついつい」
「バっカじゃないの!」
「だけど、オレもニコルも初めて発動させたんだぜ。こーいう、のぞきイベント。今まで女性キャラクターとピアを組んだことがなかったからさ」
「あ、あっそう」
 初めてって言われた。それもそうかな。アタシのことをわざわざ追いかけてきた二人だ。
 ……違うから。別に嬉しくなんかないし。
 ニコルはうやうやしげにおでこを地面にこすりつけた。
「なかなかいい絵を堪能させていただきました」
「さ、最っ低ね。次があったら、承知しないんだからねっ」
 ラフとニコルは土下座したまま顔を上げた。めちゃくちゃ、にこにこしてる。屈託のない笑顔ってやつ。
 アンタたち、その美麗なCGでごまかそうとしてるでしょ。ほんとに反省してるわけ?
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