きみと駆けるアイディールワールド―赤呪の章、セーブポイントから―
 洞穴の入り口で、アタシたちはカイに追いついた。
 クーナは洞穴の中に立って、静かな目でカイを見つめている。迫力と闘志は圧倒的だった。
 カイは吠えるように言った。
「ヒナを返せ!」
 木皮《カパ》のドレスのヒナが、クーナの背後でビクッとする。クーナは低い声でカイに問いかけた。
「返さぬ、と言ったら?」
 カイは槍を構えた。
「バトル、来そうだな」
 ラフが双剣を抜いた。ニコルが杖を振るってバトルモードに変換する。
「ま、待ってください!」
 ヒナがクーナの前に立った。大きな目は真っ青な光に満ちている。晴れた海のように青い光。
 カイは構えを解かない。
「どけ、ヒナ。その大ウナギを倒してやる」
 この流れ、イヤだ。アタシはラフたちとクーナの間に割り込んだ。
「ウナギじゃないわよ。ヒナの話を聞いてやって。分岐、間違えてるんじゃないの? クーナとは戦わなくていいはずよ」
 ひゅっ、と、空気が鳴った。
 え?
 アタシのあごの下に、剣先。ラフだ。双剣のうちの一方をアタシに突き付けてる。
「下がっとくかクーナと戦うか、選んでくれ」
「な、なによ、わからず屋っ」
「選んでくれ」
「クーナは人の姿をしてるの。アタシが見聞きしたこととアンタたちが集めた情報、食い違ってる。このままじゃ気持ち悪いわ。戦うなら、どっちが正しいかハッキリさせてからにしてよ」
 ラフが危険そうに目を細めた。ゾッとする。この体勢じゃ、逃げることも反撃することもできない。
「お姫さまは戦線離脱だな。バトルが終われば、自分がまやかしにやられてることもわかるよ」
「まやかし?」
「見ろ」
 ラフは、双剣のうちのもう一方を掲げた。幅広の刀身にアタシの顔が映る。
「これ、なによ? どうして?」
 アタシの目が青い。ヒナの目と同じ色。そんなはずない。アタシの目、ローズピンクのはずなのに。
「状態異常になってるぜ。表示、気付いてたか?」
「気付いてたけど」
 思いがけない声に、名前を呼ばれた。
「シャリン、オレに答えろ」
 クーナだ。
 アタシはクーナを見た。切なさの色をした青い目。神秘的なグラフィックに、呑まれる。
「クーナ、なに?」
 アタシが応えた、その瞬間。
 青い光が視界いっぱいに弾けた。
「きゃっ!」
 強引な魔力がアタシの体を拘束した。一瞬のうちに洞穴の天井近くまで吊り上げられて、動けない。
 ラフがアタシを見上げた。
「やっぱ、やられちまったな。青いまやかしのおとぎ話を聞かなかったか? 大人の言うことを聞かない悪い子は、青い目をした人さらいに魔法をかけられちまうんだぞ」
「そんな」
 ニコルがアタシに杖の先を向けた。緑色の石が光る。状態解除の呪文だ。でも、ダメ。効かない。アタシの状態異常は治らない。
「あーらら。やられちゃったね。一定時間が経過したら、動けるようになるよ」
「一定時間って、どれくらいよ?」
「経験則で言うと、束縛の効力は八分から十分ってとこかな。お姫さまは魔力値が高くないから、もう少し長いかもね」
 ニコルはヒナを見た。ヒナは全身から魔力の気配を漂わせている。
「旅のおかた、お願いいたします。武器を下ろしてください」
「巫女さんってことは、補助魔法を使ってくるタイプかな。ボクが言うのもなんだけど、補助系を使われると面倒なんだよね。邪魔しないでね」
 ニコルは、テニスのサーブのフォームで、左手のツタの葉を右手の杖で打ち出した。宙を飛びながら、ツタが生長する。ツタはヒナの体を縛り上げて、洞穴の壁に貼り付けた。
 ラフは身をひるがえした。クーナに向けて二本の大剣を構える。
「さぁて。男だけのガチンコ対決といきますか」
「よかろう。武を以て語るのみだ」
 クーナは青い両腕を頭上に差し伸べた。何もない宙が凝り固まって、だんだんと形を持つ。長大な槍が出現する。
 アタシは声を張り上げた。
「待ちなさいよ! ねえっ! こういう展開ならアタシも戦わせてよ! アタシが戦える状態になるまで待って!」
 でも、カウントダウンは進んだ。
 3・2・1・Fight!
 バトルが始まってしまった。
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