きみと駆けるアイディールワールド―赤呪の章、セーブポイントから―
 野獣の雄叫びが響き渡った。空の青と雪の白のフィールドが赤黒くひずんだ。
 あたしのコマンドに、シャリンが反応しない。ストーリーモードで自動的にムービーを見せられるときと同じように。
 フィールドいっぱいに走る白い稲妻。CGの乱れが、衝撃波と同じ判定にすり替わる。アタシとニコルは雪原の上に倒れた。顔を上げる。
 ラフの全身が赤黒い稲光をまとっている。パリパリと、放電するような音をたてて、アバターがほどけかけている。
「うそでしょ……」
 その狂気的な姿は、もう、ラフじゃなかった。
 赤黒い紋様に埋め尽くされた顔。ひときわ赤い光が二つ。優しい黒さを失った、ラフの両眼。
 ひびの入ったシルバーメイルを、ラフは簡単に破り捨てた。四つん這いみたな、低い構え。両腕に双剣。双剣は、まるで野獣の爪。
「V_gRggggg_RRRRRRRR」
 巨大すぎる爪を振りかざしながら、ラフは走った。
 銀剣竜ケアの存在を規定するプログラムが破綻しかけてる。CGが動作するたび、粒子みたいな細かなブロック片が飛ぶ。
 バグがフィールドじゅうに起こっている。呪いの姿だ。
「呪いが、ありえないほど強いステータスをもたらすのは……プログラムに、直接干渉できるから……」
 アタシのつぶやきにさえ、ノイズが混じった。下手に動いたら、バグに巻き込まれてしまう。シャリンのデータが壊れることが、怖い。
 ラフが踏みしめた雪原が、ミシリと音をたてて色調を反転した。闇色に放電しながら、データが回復されない。
「D_ZtRoOOOOOOooooooooyyyyyyyiii__」
 声とも呼べない、ラフの咆吼。
 ラフはケアの尾を踏み台にして跳躍した。白銀の背中を目がけて落下する。
 ギラリ。
 爪のような双剣が振り回された。ケアの鱗が、やすやすと、えぐり取れられる。鮮血の代わりに青い光が噴き出す。色調が反転する。ピシリと、ケアがフリーズする。
 ラフは舌なめずりをする。異様に長く伸びた舌。獰猛に尖った歯。
 ケアの動きが再開する。ラフの攻撃が再開する。竜が悲鳴をあげる。野獣が哄笑する。
 ラフは二本の剣を竜の背中に突き立てた。鱗が破れ、刃が深々と肉に沈む。ラフは、突き立てたままの大剣を引きずって走った。
 ケアの背中に二筋の傷が走った。傷は、四肢の付け根の動脈に交わった。急所が切り裂かれる。青い光が噴き上がる。
「ケアのヒットポイントが……」
 減っていく。みるみるうちに、ゼロに近付いていく。
 ほんの数十秒だった。狂気の野獣に変わり果てたラフが巨大な竜を殺戮するまで、本当に、あっという間のできごとだった。
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