今の答え
今の答え
「もう一回お願いします」
「――すみません……っ」
収録ブースの外から飛んでくる指示に春凪(はるな)は肩をビクリと動かして謝罪した。
同じ言葉が一度目や二度目の時は笑顔だった監督達の表情は段々と苦笑いに変わり、春凪はブースの外に顔を向けるのが怖くてたまらない。
それに加えて収録ブースの中に共にいる隣の男性を見るのも怖い。
春凪は浮かれていた昨日までの自分を殴りたくなった。
***
高校を卒業後にアルバイトをしながら大手声優事務所の養成所に通い、念願叶って二年後に準所属することができた。
どんな役だろうと台詞だろうと春凪は夢中で取り組み、その姿勢が評価されて少女漫画が原作のドラマCDのヒロインに選ばれた。
初の主役に喜び、渡された台本を暗記するほどに読みこみ、いざ本番を迎えたのだが。
本人が覚悟していた以上に演技は難しかった。
ヒロインは真面目な女性教師でヒーローは明るい男子生徒という禁断の関係を描いた作品で、ヒロインに一目惚れをしたヒーローが攻め落とそうとする様子はとても人気を呼んでいる。
収録は途中までは順調に進んでいたが、一つのシーンで春凪が台詞を言った途端にNGが入った。
「うーん、風間(かざま)さん。そこは迫られて動揺しているシーンなので、だめですはもっと慌てて可愛く言って下さい」
音響監督が眉を下げた笑みを浮かべて柔らかい声で指示を出す。
「慌てて可愛く、ですか……?」
春凪は問いかけながら台本をギュッと強く持ってひたすらに考えた。
可愛く、可愛く、そうぐるぐると考えても正直想像することしかできない。
わりとさばさばしていて面倒見のいい性格により男女問わず友人が多い。
そのため、春凪は異性とつき合った経験どころか恋をしたことも告白されたこともなかった。
よって男性に迫られる心境は全くもって分からない。
原作を読んで想像をして演技をしても程遠いらしく春凪は申し訳ない気持ちでいっぱいで。
再度挑戦してもやり直しで、とうとう隣にいた相手役の鈴沢輝(すずさわひかる)が口を開いた。