今の答え
「――すみません。風間さんと少し話をしてきてもいいですか?」
「そうですね。少し休憩しましょう」
「すみません……」
自然と暗さを感じさせる声色の謝罪に皆がフォローを入れる。それが春凪にはますますプレッシャーになるのだが、落ちこむ暇もなく輝に腕を引かれて部屋を出た。
***
部屋を出てすぐのスタジオ内の通路で輝は引いていた腕を離して春凪を見下ろす。
長身の彼から感じる視線に言葉が出ない。
「風間さんは経験したことないの?」
「へ……?」
端的な物言いに相手の顔を見上げる。
春凪の予想とは裏腹に輝は笑顔を浮かべていて再度口を開く。
「だから、男に言い寄られたことないの?」
「あっ、ありません……っ!」
ハッキリとした言葉に春凪はカッと顔が熱くなって目を見開いた。
恋愛方面はからっきし。面と向かって聞かれたのも初めてで、顔をうつむかせて波打つ心臓を落ち着かせようと必死に念じる。
落ち着け、落ち着け、と呟く様子を見ながら、輝は猫のような目をにんまりと細めた。
輝は子役出身の声優で、自分でも自覚するくらいはありがたいことに多くの仕事をもらっている。
まわりにいる同業の女性やファンの女性などは自分を綺麗に着飾り輝いている。
一心に美を追求する人を見ている中で春凪の存在は印象的だった。
短めで染められていない髪。うっすらとしかしていない化粧。
並んで立っていても香水らしき匂いはせず、かわりにふわりと鼻をくすぐるシャンプーと思われる香りが珍しいと思う。
かといって決して不快ではなく、自然とも言える姿がまた好ましいと思えた。
言葉一つで赤くなって慌てている姿も可愛いとすら感じる。
今回二度目の共演にあたり密かに楽しみにしていた輝は、隣で体を強ばらせる春凪を見ながらどうにか成功させたいと考え、一つの方法を見いだして部屋の外へと連れ出したのだ。
「風間さん、顔を上げて俺を見て?」
「え――……っ!」
赤い顔のまま潤んだ目で見上げる姿に半ば衝動を含め、輝は壁に音をたてるほどに両手をあてて小さな体を閉じこめた。
目をまん丸にした表情を横目に入れながら、彼女の左の耳元にそっと顔を寄せて低く甘い声で囁く。
「俺の女になってよ。――先生?」
「……っ!」
吐息さえ聞こえる距離で放たれた言葉に春凪は瞬時に台本の台詞だと理解した。