今の答え
しかし急に置かれた状況に言葉が出てこない。
そんな様子に急かすようにふっと耳に息を吹きかけられる。
「ねぇ、いいでしょ?」
「だっ、だめです……!」
「どうして?」
「私は教師で君は生徒。それに年下は恋愛対象じゃ――」
台詞を言い切る前に輝が壁についていた手のうちの右手を拳にして壁を叩く。
間近で聞こえた大きな音に春凪はまるで自分がヒロインの教師になったように錯覚していく。
「――何それ。そんなのズルいよ……。年の差はどうにもならないじゃないか……!」
切なげで震えた声に胸が騒ぎ、春凪は涙がこぼれた。
それだけ輝の演技はリアルで心を惹きつけた。
「はい、お終い」
春凪から離れた輝は何事もなかったようにまた笑顔を浮かべて春凪の涙を親指で拭った。
その優しい仕草が演技なのか彼自身のものなのか分からず春凪は混乱するが、輝には伝わらなかったようで言葉を続けた。
「そこまで感情移入してもらえたなんて役者としては嬉しい限りだね」
泣かれるとは思わなかったけど、と続けて涙を拭い終わった輝は先ほどと同じように春凪の腕をつかんで歩き出す。
「鈴沢さん……?」
「今の感じを忘れないうちに録ってもらおう。俺の言葉に反応した風間さん、慌てていて可愛かったよ」
ヒロインの先生みたいにね、と言われた春凪は照れながらも嬉しい気持ちがじわじわと広がっていく。
自分のために輝が時間を使って体験させてくれたことに心から感謝の気持ちを抱き、今度こそOKをもらえるように頑張ろうと気持ちを改めたのだった。
***
「それじゃあ始めまーす」
収録ブースに戻り、間もなく収録が再開される。
滞りなく台本のページは進み、いよいよ問題のシーンが近づく。
不安から春凪が隣を見上げると、同じように春凪を見ていた輝と目が合い、つり目がきゅっと細められた。
微かな頷きに自分も頷きで返し演技に再度集中する。
「俺の女になってよ。――先生?」
「な……っ」
台詞の掛け合いのみのはずなのに、春凪の目には壁際に追い詰めてきた輝の姿が浮かぶ。
「ねぇ、いいでしょ?」
「だっ、だめです……!」