今の答え
耳元で感じた吐息と耳の中を刺激する低く甘い、切なさを含んだ声が再現されているような気がして必死に声をあげる。
「どうして?」
すぐさま返される問いかけに一瞬息をのみながらも慌てて次の言葉を発していく。
「私は教師で君は生徒。それに年下は恋愛対象じゃありません」
休憩時には遮られた台詞を言い終えて、台本の指示通りに数秒間無言が続く。
輝のタイミングをはかろうと再び隣に視線を向けると先ほどとは違った彼の表情に危うく声を出しそうになった。
笑みを消した眼差しが春凪に向けられ、一瞬のうちに泣きそうな笑顔に変わる。
「――何それ。そんなのズルいよ……。年の差はどうにもならないじゃないか……!」
「……君は年の近い子とつき合うべきです。私みたいな女と無駄な時間を過ごすべきではないわ――」
「無駄かどうかは俺が決める。誰にも文句なんて言わせない! だから早く俺を受け入れて――……」
「……はい、OKです!」
少しの静寂の後、ブースの外からかけられた声に春凪はようやく夢から覚めたような気がした。
***
「粘った甲斐がありました。いい作品になりますよ!」
お疲れ様です、と労いの言葉をかけてくれる監督達に春凪は精一杯の感謝と謝罪の言葉を返した。
自分一人では何もできなかった。OKをもらえたのは何度もリテイクにつき合ってくれた輝や監督達のお陰なのだから。
春凪は何とも言えない充実感に満たされて力が抜けたように椅子に座りこむが、帰り支度を終えた輝の姿を見つけて慌てて立ち上がって駆け寄った。
「鈴沢さん」
「あ、風間さんお疲れ様」
「お疲れ様です。今日はご迷惑をかけてすみませんでした!」
勢いよく頭を下げる春凪を見ながら、輝はうーんと声を出す。
「頭を上げてもらえる? ……言いにくいんだけど本当はもっと時間がかかると思っていたし、別々で録ることも考えてスケジュールを空けてたんだ」
「え……?」
「まさか休憩後に一発OKが出るなんて嬉しい誤算だったよ。これからも風間さんと共演できたら嬉しいしよろしくね」
「私こそよろしくお願いします!」