キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
心の洗濯
必要最小限の人と、表面的につき合う。
特に謎の隣人・野田さんとは、深く関わらない。

そんな私の決意は、それから11日後にあっけなく崩れてしまった。

「・・・え。うそでしょ」

洗濯機が動かない!
ということは・・・壊れちゃったってことだよね。

スタートボタンを押しても、ウンともスンとも言わない洗濯機を、私はただジーッと見ていた。
もちろん、私が見ることで洗濯機は動くことはなく、シーンとしたままだ。

どうしよう。
まずは今ある洗濯物を洗いたい。

コインランドリーを探そうか。
でもこの辺りにコインランドリーがないことは分かってるから、行けるとしても、車を持ってない私は、バスに乗るかタクシー・・・は贅沢すぎ!

それより、洗濯物を持ってタクシーに乗って「コインランドリーまでお願いします」なんて・・・言いたくない。

おまけに外は雨が降っている。
仮に遠くのコインランドリーへ行って洗濯しても、洗濯物が雨に濡れてしまうかもしれないし。

うーん、どうしよう。
私はその辺をウロウロと行ったり来たりしながら考えた。

こうなったら最後の手段として、野田さんに洗濯機を使わせてもらう?
あの人とは関わらないようにしようと決めた・・・いや。

それより野田さんが私と関わろうなんて、思ってないよね。
たまたま隣に引っ越してきて、2ヶ月後にたまたま会って牛乳あげたから、ちょっと会話したってだけで。

そうよ。
大体、モテそうな野田さんがこんな私のことを、女として見ているわけがないんだし。
野田さんにとって、ううん、誰にとっても私は規格外っていうか、対象外みたいな・・・。
「誰とも恋愛しない」なんて考えてること自体、うぬぼれもいいところだ。

先週だって、仕事帰りに階段のところで野田さんに会ったとき、あの人はただ「よう」と言っただけだったし。
・・・私だって「こんばんは」って言っただけだったけど。

あのときの野田さんは、心ここにあらずっていうか、私を見ながら全然別のことを考えてるようだった。
たぶん仕事のことだろう。
コートの下にはスーツ着て、ボストンバッグ持ってたし。
また何日か留守にするんだ。
心から打ち込める仕事をしている野田さんが、ちょっぴり羨ましい・・・じゃなくて!

もしかしたら、今野田さん、留守かもしれないってことよ!
あれから野田さんには会ってないし。

・・・行ってみなきゃ分かんないよね。

私はそう結論づけると、緊張してドキドキと高鳴る胸を押さえながら、意を決して隣の野田さんちへ歩いた。

ほんの数歩歩くのに数十秒を要し、ドアブザーを鳴らす勇気をかき集めるのに、さらに数分時間を要した私は、最後はもう「ええいっ!」って感じでブザーを押した。

・・・誰も出てこない。
やっぱり野田さん、いないんだ。

「よかった」という安堵感を抱きながら、「じゃあどうする?」と考えつつ、踵を返そうとしたとき、「はい」という野田さんの声が、インターホン越しに聞こえた。

私はインターホンに向かってビクッとしながら「あの・・中窪です。隣の」とつぶやくと、ドアがすぐに開いた。


「どうした」
「野田さんこそ、腕どうしたの!?」

野田さんの右肘には、包帯が巻かれている。
だからこの人は半袖Tシャツ着てるのかしら。
おかげで二の腕の筋肉ラインがモロに分かって・・・細身だけどやっぱりガッシリして・・・。

なんてことを、野田さんにボーっと見惚れながら考えていた私に、「あーこれ。ちょっと切ったんだ」と野田さんは言った。

「え?」

そんなところを「ちょっと切った」って・・・。
仕事で?それともここで?
と私は疑問に思ったけど、野田さんはこともなげに言ったので、そこのところは考えないことにした。

「そうですか。大丈夫ですか?」
「ああ。大したことない。明日まで仕事休むし。それより、俺に用があるからここに来たんだろ?」
「あっ。そ、そうです。えっと・・・・・・洗濯機が壊れちゃって。今日だけでいいので、野田さんのを使わせてもらえないかと思って・・・」

あぁ、こんなことを頼むことより、野田さんと会話するのが、もう恥ずかしい!

絶対赤くなってる顔を隠すように、私がサッと俯いたとき、「いいよ」という野田さんの声が聞こえたので、私はまたすぐ顔を上げた。

「あ・・」
「この辺コインランドリーないだろ。それにおまえ、車持ってねえよーだし」
「そ、そうです」
「おまけに外は雨だからな。俺の使え」
「あぁ助かります」
「今からするか?」
「あ、いいですか?」
「いい・・あー。俺のも少し入れてんだった。おまえのと一緒に洗濯してもいいか」
「え。あぁ、はい。じゃああの、洗濯するもの、持ってきます!」と私は言うと、急いで隣の我が部屋へ帰った。

そうして洗濯物を入れたかごを持った私は、初めて野田さんちへお邪魔した。

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