キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
座り心地の良さそうなアームチェアの横にある小さなテーブルには、今野田さんが読んでいたと思われる小説が、3分の1程開かれた状態で、表紙を上にして置かれていた。
その横には、白いマグカップと楕円レンズの銀縁メガネが置かれている。

「野田さんって、視力悪いんですか?」
「本読むときだけメガネかけてる」
「そう・・・」
「裸眼は1・0くらいあるが、去年あたりからメガネかけたほうが読みやすくなった気がする。俺、40だからなー」
「ええっ!?ホントに?」
「悪いか」
「いえいえ!そうじゃなくて・・・そうですか」
「おいおいひーちゃん。自分で納得して完結すんなよ」
「あぁすみませんっ!だからそのぅ、野田さんが40っていうのが信じられない。もっと若く見えるけど、でも年齢相応に見える部分もあるから。決して年寄りだなんて思ってないです!」

あぁもう私、何言ってるんだろう・・・。
野田さん、呆れてモノも言えない状態になってない?
と思った私は、脱力気味にうなだれた。

「ふーん。俺もそう思う」
「え」

つと顔を上げると、野田さんはニヤニヤしながら私を見ていた。

「人間の40代ってのは、大人の始まりだ。それまでいろんなことを経験してもがく。もがいた分だけ大人になれる。逆に言えば、もがく経験がなければ、いくつになっても器の小さいガキのままってことだ」
「は。なる・・・ほど」
「まー、これは俺の持論だけどな。で、おまえは?まだもがいてる年齢(とし)か?」
「そうですね。38になったので、はい」
「ふーん。俺の弟と同年だな」
「弟さんがいるんですか」
「ああ、二人な。2つ下と6つ下」
「へぇ。一番上なんだ」と私は言うと、コクコクと頷いた。

「何」
「ぅんっと、野田さんって、面倒見が良くて、頼りがいがあるって感じするから、兄弟の一番上って聞いて納得しました」
「それよく言われる。おまえは・・・一人っ子か、年の離れたにーちゃんかねーちゃんがいるって感じするな」
「わ!すご、い。私、14年上の兄が、一人います」
「そりゃ離れてんなー。両親は再婚か」
「父が。母とは一回り年の差があったんですけど、でも母は41のときに私を生んだので・・・父は私が19のときに、母は27のときに亡くなりました」
「お兄さんと会ったり連絡取ったりしてるのか?」
「連絡はたまに・・月に一度くらい。兄は岐阜に住んでいるから、滅多に会わないです」
「ふーん」と野田さんが言ったとき、機械音のメロディが聞こえてきた。

「洗濯終わったな。ひーちゃん、乾燥機に洗濯もん入れてくれるか?」
「はいっ、もちろんです!」と私は言いながら、ソファから立ち上がった。

「おまえのズボンも入れていいぞ」
「あぁ、はい」
「それから俺んも全部入れといてー」と野田さんに言われた私は、歩きながら「はーい」と返事をした。

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