キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
大胆な提案
「・・・洗濯機の修理を頼みたいんですが。どちらにかければ・・・あ、そうですか。はい。すみません・・・」

洗濯機の前で電話をかけている野田さんの見た目は威圧感がある・・方だけど、言い方は丁寧だし、低い声を聞くと安心感が湧いてくる。
こういう人ばかりがカスタマーサービスに問い合わせをしてくれるといいのになぁ。

「・・・そうです。スタート押しても動かなくて・・・メーカーは・・・・で、型式は・・・・・」

やっぱり型式必要なんだ。
野田さんって何でも知ってる賢い人だ。

「ひーちゃん」
「は。はい!」
「保証書持ってるか」と野田さんに聞かれた私は、顔をふって否定した。

「これ、前住んでた人が使ってたもので。だから最低2年は使ってるんですけど・・・」
「分かった」と野田さんは言うと、また電話で話し始めた。

・・・よく考えてみたら、私の洗濯機が壊れたんだから、私が修理の依頼をしなきゃいけないのに!
もう私、何やってんだろ。
野田さんに関わらないとか決めておきながら、完全に頼りきってる・・・。

「ひじり。聖」
「ん?はい」
「修理に来れるのは、早くて月曜の午後だと。それから直んなくても、修理に来てもらうだけで最低5000円かかるって。どうする?」
「あ・・・ぁ。そうなんだ。どうしよう。5000円ちょっとで直るなら安く済むけど、確実に直るって保証はないし。それに月曜の午後って言われても、仕事休めないし・・・」

いまだにアルバイトの身である私の場合、休めばその分お給料がない。
有給もあるけど、それは最低1週間前に言わないと、有給扱いにはされないし。
他の会社もそういうシステムなのかしら・・・って今はそんなこと、関係ないでしょ!

「じゃあ俺、仕事休もうか?」
「え!そんなことダメ!頼めない!だから・・・いい、です。修理、頼まなくて」と私が言うと、野田さんは頷いてから、また電話で話し始めた。

「・・・あーそうですか。お手数かけました・・はい、どうもー・・・どーした、ひーちゃん」
「あの・・すみません」
「何が」
「私、優柔不断で、すぐ決められない上に、断ったりして・・・」
「この洗濯機の型式は、5年以上前に製造されたものらしい。だから直る確率は低いと言ってたぜ」
「・・・そうですか」
「それに、修理してもらうより、買った方が安上がりかもしれねえだろ。仮に直ったとしても、部品の取りよせで日数かかるかもしんねえし」
「・・・なるほど」
「大体、修理頼むかって聞いたのは俺だぞ。忘れたのか?」
「あ・・・そうでしたね、はい」
「だからおまえは優柔不断じゃねえよ。俺に聞かれてすぐいろんなこと考えついたんだし」と野田さんに優しく言われた私は、つい涙ぐみそうになったので、俯いてコクンと頷いた。

「それじゃー洗濯機買うまで、俺んとこで洗濯しろよ」
「・・・え。で、でもそんな迷惑な・・・」
「迷惑じゃねえよ。大体迷惑だったら許可しねえし。ただ、今日みたいに俺のも一緒に洗うことになるが」
「それは全然構わないです!けど、野田さん、お仕事が・・・」
「これのおかげで今週いっぱいは出張ねえから、毎日家に帰る」と野田さんは言うと、包帯が巻かれている右腕を少し掲げた。

「あぁ、そうですか」
「んじゃ、決まりだな」
「う・・・すみません。あの!だったら、お礼に何か・・・ご飯作りましょうか」

数秒の間の後、「やったぜ」と野田さんは言うと、ニンマリと微笑んだ。

おずおずとだけど、大胆な提案をしたことに、我ながらビックリした後、すぐ後悔した。
ご飯作るのはいいんだけど、結局野田さんに関わることになるじゃない!
関わる分だけ野田さんの顔を見ることになるわけで、そうなるとまた・・・私の胸が、またドキドキと高鳴るのに・・・。

でも、野田さんのニンマリ顔は、子どもみたいに純粋に見えて。
それでいて、大人のカッコよさもあって。

そんな顔を見せられると・・・ご飯作る提案してよかったと私は思ってしまった。


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