キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
「これ、おたくのネコ?」
「いっ!」

私は、ドキドキ跳ねてる心臓が飛び出さないよう両手で左胸を抑えながら、クルッと後ろをふり向くと・・・グレーのネコを右手に抱えた謎の隣人さんが、まだその場に立っていた。

スーツを着て、片手にコンビニ袋、もう片方の手にはグレーの野良猫を抱えてる隣人さんとは、少し距離があるけど、彼から放たれている威圧感だけで、私は圧倒されていた。

隣人さんの顔はもちろん、姿も直視できない!

「ち、ちがいます。この子はこの辺に住んでるみたいだけど、飼い猫じゃないみたい・・・」
「ふーん。よく知ってるな」
「あ。えっと、ノラちゃんには時々ご飯とかあげて・・・」
「俺の名前知ってんのか」
「え!?」

ビックリした私は、思わず顔を上げて、隣人さんを直視してしまった。
しかも顔を。

あぁ、酸素が足りない・・・!

「い、いえ。しらな、い・・」
「おい」

気づけば隣人さんが私の目の前に立っていた。
距離が・・・近い。近すぎる。

「あ、あの・・・」
「怖がらなくていい。俺、隣に住んでる・・」
「知って・・・ます。知ってます」

この人の声を聞いてると、私はなぜか落ち着いてきた。
おかげで普通に呼吸ができている。
・・・それよりこの人、私が怖がってるって・・・。

なんで分かったんだろう。

「野田です。さっきおたくが俺の名前を言ったような気がした」
「え?あ・・あぁ。ネコちゃんの名前です。野良猫のようだから、ノラちゃんって名前つけて。ホント、似てますね」と私は言うと、クスッと笑っていた。

あれ?私、今笑った・・・?
と自覚した瞬間、私は戸惑いを隠せないまま、野田さんを仰ぎ見た。

そのまま私は、催眠術にかかったかのように、野田さんの黒い目を食い入るように見ていた。
多分、その時間はほんの2・3秒くらいだ。
というのも、ノラちゃんの鳴き声で我に返った私は、すぐに目をそらしたから。

あ!いけない!仕事!!
バスに乗らないと!!

「それじゃぁ」
「待って」
「はい?」
「牛乳あるか。俺んちねえんだよ」と野田さんは言いながら、右手に抱えているノラちゃんと、左手に持っているコンビニ袋を気持ち上に掲げた。

「あぁはい。あります。ちょっと待ってて」と私は言うと、また鍵を開けて、急いで牛乳を取ってきた。

そして私は、「これも」と言いながら、野田さんに深皿も渡した。
ノラちゃんにお水をあげるときに使っているお皿だ。
なんか・・・この人のおうちには、そういう生活に関わるものが、全然ないような気がしたから。

「悪いな。後で牛乳も返す」
「いえ!お皿だけで結構です。それ、ノラちゃん用だから」
「あ、そう。おたく、そろそろ仕事だろ?」
「あっ、そうだった!急がなきゃ!」

私は慌てて鍵を閉めると、「それじゃあ」と野田さんとノラちゃんに言って、急いで階段を駆け降りた。
引っ越してきた隣人さんと、2ヶ月目にしてやっと遭遇して話したけど、相変わらず謎な人だと思いながら。

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