キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
「人を招くより、招かれて出向く方が圧倒的に多い」と言ってた和人さんは、自分ちに呼ぶより、弟さんたちやお友だちの家に行く方が多いみたいだ。
そうだよね。
和人さんの場合、仕事で留守にしてることが多いし、不規則なシフトの仕事をしているようだし。

「どーした」
「あのぅ・・・和人さんは、何を教えてるの?」と私が聞くと、運転中の和人さんは、前を見ながら「あ?」と言った。

「え?だって・・・先生、なんでしょ?」
「あー・・・・・・心理学を時々。それ本職じゃねえから」
「あぁ、そう」
「だが4月から、慶葉(けいよう)大学で教えることになったんだ」
「えっ!?」
「特別非常勤講師って言ってな」
「まぁ。それは・・・つまり何?」
「つまり期間限定ってことだ。ったく、大学も“期間限定講師”って分かりやすい肩書つけりゃあいいのによ」と言う和人さんの言い方がおかしくて、私はついクスクス笑った。

「なんかさ、落ち着きたくなったんだ」
「和人さんは、十分落ち着いてると思います」と私が言うと、和人さんはフッと笑った。

「物腰じゃねえよ。仕事。あちこち行く量減らしたいと思ってさ。前おまえに言ったろ?森の中のログハウスでのんびり過ごしたいって」
「あぁ・・・じゃ、ついにその暮らしをするの!?」
「まだ。だが落ち着いて暮らす基盤は作り始める」
「引っ越し、するの?」
「そーだな。たぶん。大学へ通える距離で、海が見えて。あと森。林でもいいが。とにかく自然と緑が豊かなとこがいいよな?」
「え?あぁ、うん・・・」

なんで和人さんは、私に確認するように聞くんだろう。

「おまえ、車の免許持ってんのか」
「ん?持ってるけど、もう何年も運転してないからペーパーですよ」
「田舎暮らしするなら、車の運転はできたほうが便利だぞ」
「うーん・・・そう、ですね」

なんて答えているうちに、真吾くんと彼女のなつきちゃんが住んでいるマンションに到着した。




少したれ気味な切れ長の目に、整った顔立ち。
さすが和人さんの弟だけのことはあって、二人の顔はとても似ている。
だけど真吾くんは、和人さんよりもっと甘くて、和人さんが「鋭」なら、真吾くんは「柔」といった雰囲気が強く出ていると思う。
「本人は知らないけど、勤め先にはファンクラブがあるんですよ」と、なつきちゃんがコッソリ教えてくれたけど、それが納得できるくらい、真吾くんはカッコいい。
たぶん、和人さんの職場にも、和人さんのファンクラブがあるんじゃないかと、その時私は思ってしまった。

今月初めに27になったばかりのなつきちゃんは、とても美人でオシャレな女性だ。
キラキラと輝いているなつきちゃんと並んでいると、私はとても・・・くすんで見える。
でも、人懐っこい感じで優しい真吾くんと、とても聡明ななつきちゃんとは、年の差なんて感じないくらい話が合って、私はすぐに打ち解けることができた。

「・・・だからね、神様に慈悲心なんてないと思ってた時期もあったけど、結局それって誰かのせいにしてたというか、誰かのせいにすることを選んでいたのは自分だって気がついた」
「そうそう!私もそう思う!毎日をどう過ごすかとか、どう生きるかとか、とにかく、自分の人生は自分で選んでるんだよね」
「うん。人ってみんな違う人生を歩んでいるっていう意味で、不平等だと思う・・・わっ!」

急に後ろから和人さんに抱きつかれた私は、思いっきりビックリしてしまった。

「かずと、さん?」
「てつだおっかー、って料理じゃねえぞ。運ぶもんあるか」
「もしかして和人兄さん、おなかすいてる?」
「すっげー減ってる。ひーちゃん食いてえくらい」
「や、やだ!それだけはやめてっ!」
「後でな」と耳元で囁かれた私は、照れ隠しに和人さんの口へ、チェリートマトを放り込んだけど・・・顔が真っ赤になっているのまでは、隠しきれなかった。

誰かのおうちへ遊びに行ったり、料理を作ってふるまったり。
食べて飲んで、おしゃべりをして・・・。
そんな楽しいひと時を過ごしたのは、神奈川から東京へ移り住んで初めてのことだ。
ちょっと感慨に浸りながら、私はなつきちゃんと番号の交換をした。

離婚をしてから2年。
孤独に暮らしていた私に、初めて女友達ができた。


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