キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
俺は警視庁に在籍している特別捜査官だ。
殺人、及び誘拐事件を担当している。
担当区域は主に関東全域だが、呼ばれれば国内外問わず、どこでも行く。
昨日の夜遅く、埼玉で起こっていた連続殺人事件の犯人をやっと捕まえて、今朝家に戻ってきた。
犯人を逮捕し、調書の作成等の事務処理を終えると、一つの事件ファイルが出来上がる。
それから1週間以内に、事件に関わった刑事は警視庁の専属心理カウンセラーのところへ行き、カウンセリングを受ける。
これは義務ではないので、事件に関わった奴全員がカウンセリングを受けることはないが、俺はほぼ毎回カウンセリングを受けている。
カウンセリングを受けることで、その事件を昇華するため。
その事件を引きずったまま、次の事件に臨まないためだ。
「どう?調子は」
「相変わらず」
カウンセラーの古賀は、俺と同い年。
そして古賀からは何度もカウンセリングを受けていることもあり、セッション中に敬語を使うことは滅多にない。
「犯人逮捕できてよかったわね」
「ああ。だが連続殺人の可能性があると判断した埼玉県警側が、3人目の被害者が出た時点でこっちに協力要請をしてきたことは、正直悔やまれる」
「警察の仕事は国民の安全を守ることだから、まぁ、そのシステムに矛盾やもどかしさを感じるあなたの気持ちはよく分かる。でもあなたが所属する特別捜査官チームが協力して、早期事件解決をしてくれたおかげで、“たった”3人の被害者で済んだと、私は思うわよ」
「要は捉えようってことか」
「そういうこと」と古賀は言うと、俺に穏やかな笑みを浮かべた。
だが、「犯人の男は、殺すと決めた日に、最初に自分に微笑みかけた人を刺していた」と俺が言うと、古賀は笑みを引っ込めた。
怨恨でもない、被害者と犯人の間につながりもない。
ただ犯人は、自分が作った「ルール」に則っていた。
「それはまた・・・とんでもない動機だわね」
犯人は、中小企業に勤める28歳・独身のサラリーマン。会社での評判も「普通」で、「あの人が連続殺人犯!?」の典型パターンだった。
「こういう奴らと関わっていると、世の中で認識されている“正常”と“異常”という概念の境界線は、どこで引かれているのかと思う。“異常者”や“狂人”と呼ばれる奴らは、あくまでも“正常”な人たち側から見た上でのことであって、そいつら側から見たら、俺のほうが“異常者”になるんだろうし。だが、俺には“最初に自分に微笑みかけた人を殺す”という心理は理解できないし、実際にそれを実行する気にもならないが」
「それはよかった」
殺人犯や誘拐犯を逮捕するようになって10年以上、そしてプロファイラーとして、犯人の分析・特定をするようになって8年。
世の中の「悪人」どもを捕まえるこの仕事には、やりがいを感じているが・・・。
「この仕事にやりがいを感じている俺は、“正常”なのだろうかと思うときもある」
「一つの国に多くの人が共存していくためには、その国のルールが必要になる。不本意でも嫌でも、そのルールを守らないと、人は共存できないものなの」
「・・・そうだな。人として全うに生きていきたきゃ、国のルールを守らねえとな」
人の寿命は限られている。
いつ死ぬのかは誰にも分からないが、人が死ぬ時を、他人が勝手に決めていいとは思わないし、死ぬ恐怖や苦痛を、他人が与えていいとも思わない。
その思いがあるから、俺はこの仕事にやりがいを感じているんだろう。
「世の中に“善と悪”という概念がある限り、あなたの仕事は成り立つのよ」
「世知辛い世の中だな」と俺は言うと立ち上がった。
セッションは終わりだ。
「話聞いてくれてありがとな」
「仕事だから」と言う古賀に、俺はククッと笑うと「じゃーな」と言って歩き出した。
が、数歩歩いたところで、「野田くん」と古賀に呼び止められた。
「なに」
「私、来週から産休に入るの」
「あぁ・・・そう。もうそんな時期か」
どーりで古賀の腹がデカいと思ったわけだ。
「ちょっと早いんだけどね」
「体、大丈夫なのか?」
「うん。全然大丈夫。育児休暇も取るから、野田くんとはしばらくセッションできなくなるって言っておきたくて」
「そうだな」
「もしかしたら、そのまま辞めるかもしれない。子どもも生まれるし、今度は上手くいかせたいから」
俺は何度か頷くと、古賀に心からの笑顔を向けて、「お幸せに」と言っていた。
セッション終了後、俺は射撃の練習場に来ていた。
腕をなまらせないために、非番のときでもできることはしておく。
じゃなきゃ殉職しかねない。
とは言っても、カウンセリングや射撃に時間を取ることはない。
あくまでも感覚を鈍らせない、勘を研ぎ澄ませておく、という程度で十分だ。
非番のときは心身共にしっかり休んで何事も引きずらない。
そして切り替える。
殺人、及び誘拐事件を担当している。
担当区域は主に関東全域だが、呼ばれれば国内外問わず、どこでも行く。
昨日の夜遅く、埼玉で起こっていた連続殺人事件の犯人をやっと捕まえて、今朝家に戻ってきた。
犯人を逮捕し、調書の作成等の事務処理を終えると、一つの事件ファイルが出来上がる。
それから1週間以内に、事件に関わった刑事は警視庁の専属心理カウンセラーのところへ行き、カウンセリングを受ける。
これは義務ではないので、事件に関わった奴全員がカウンセリングを受けることはないが、俺はほぼ毎回カウンセリングを受けている。
カウンセリングを受けることで、その事件を昇華するため。
その事件を引きずったまま、次の事件に臨まないためだ。
「どう?調子は」
「相変わらず」
カウンセラーの古賀は、俺と同い年。
そして古賀からは何度もカウンセリングを受けていることもあり、セッション中に敬語を使うことは滅多にない。
「犯人逮捕できてよかったわね」
「ああ。だが連続殺人の可能性があると判断した埼玉県警側が、3人目の被害者が出た時点でこっちに協力要請をしてきたことは、正直悔やまれる」
「警察の仕事は国民の安全を守ることだから、まぁ、そのシステムに矛盾やもどかしさを感じるあなたの気持ちはよく分かる。でもあなたが所属する特別捜査官チームが協力して、早期事件解決をしてくれたおかげで、“たった”3人の被害者で済んだと、私は思うわよ」
「要は捉えようってことか」
「そういうこと」と古賀は言うと、俺に穏やかな笑みを浮かべた。
だが、「犯人の男は、殺すと決めた日に、最初に自分に微笑みかけた人を刺していた」と俺が言うと、古賀は笑みを引っ込めた。
怨恨でもない、被害者と犯人の間につながりもない。
ただ犯人は、自分が作った「ルール」に則っていた。
「それはまた・・・とんでもない動機だわね」
犯人は、中小企業に勤める28歳・独身のサラリーマン。会社での評判も「普通」で、「あの人が連続殺人犯!?」の典型パターンだった。
「こういう奴らと関わっていると、世の中で認識されている“正常”と“異常”という概念の境界線は、どこで引かれているのかと思う。“異常者”や“狂人”と呼ばれる奴らは、あくまでも“正常”な人たち側から見た上でのことであって、そいつら側から見たら、俺のほうが“異常者”になるんだろうし。だが、俺には“最初に自分に微笑みかけた人を殺す”という心理は理解できないし、実際にそれを実行する気にもならないが」
「それはよかった」
殺人犯や誘拐犯を逮捕するようになって10年以上、そしてプロファイラーとして、犯人の分析・特定をするようになって8年。
世の中の「悪人」どもを捕まえるこの仕事には、やりがいを感じているが・・・。
「この仕事にやりがいを感じている俺は、“正常”なのだろうかと思うときもある」
「一つの国に多くの人が共存していくためには、その国のルールが必要になる。不本意でも嫌でも、そのルールを守らないと、人は共存できないものなの」
「・・・そうだな。人として全うに生きていきたきゃ、国のルールを守らねえとな」
人の寿命は限られている。
いつ死ぬのかは誰にも分からないが、人が死ぬ時を、他人が勝手に決めていいとは思わないし、死ぬ恐怖や苦痛を、他人が与えていいとも思わない。
その思いがあるから、俺はこの仕事にやりがいを感じているんだろう。
「世の中に“善と悪”という概念がある限り、あなたの仕事は成り立つのよ」
「世知辛い世の中だな」と俺は言うと立ち上がった。
セッションは終わりだ。
「話聞いてくれてありがとな」
「仕事だから」と言う古賀に、俺はククッと笑うと「じゃーな」と言って歩き出した。
が、数歩歩いたところで、「野田くん」と古賀に呼び止められた。
「なに」
「私、来週から産休に入るの」
「あぁ・・・そう。もうそんな時期か」
どーりで古賀の腹がデカいと思ったわけだ。
「ちょっと早いんだけどね」
「体、大丈夫なのか?」
「うん。全然大丈夫。育児休暇も取るから、野田くんとはしばらくセッションできなくなるって言っておきたくて」
「そうだな」
「もしかしたら、そのまま辞めるかもしれない。子どもも生まれるし、今度は上手くいかせたいから」
俺は何度か頷くと、古賀に心からの笑顔を向けて、「お幸せに」と言っていた。
セッション終了後、俺は射撃の練習場に来ていた。
腕をなまらせないために、非番のときでもできることはしておく。
じゃなきゃ殉職しかねない。
とは言っても、カウンセリングや射撃に時間を取ることはない。
あくまでも感覚を鈍らせない、勘を研ぎ澄ませておく、という程度で十分だ。
非番のときは心身共にしっかり休んで何事も引きずらない。
そして切り替える。