キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
事件を解決して、疲れた体に鞭打って階段を上っていたとき、時々会う灰色の猫に、またまとわりつかれた。
この猫が、隣に住んでる彼女んとこへよく行っていることは知っていた。

隣の彼女の姿は、窓から何度か見たことがある。
夕方が多かったから、仕事帰りだと思う。
だからか、彼女がうつむいて歩いている姿は、いつも心底疲れきってる感じが伝わってきた。

少なくとも服装と靴から、彼女は営業職じゃないと分かる。
制服がある事務職って感じでもない。
いつも同じ時間帯に見かけるし、週末には見かけなかったから、飲食関係みたいな不規則な仕事をしてるわけでもなさそうだ。
てことは、あの服で仕事をしているアルバイトかパート。

年齢は多分、30代半ば。
女の年齢をピッタリ当てるのは、いまだに難しいと思うが、40の俺より年下なのは間違いないだろう。

彼女はいつも人生に疲れきった顔をしているのに、まとわりついてきたノラを撫でているときの顔は、とても優しい。
そんな彼女に優しく扱われているノラに、なぜか今朝は興味が湧いたのは、ついに彼女と間近で対面したからかもしれない。

隣の彼女は、過呼吸寸前になるほど俺のことを怖がった。
また俺は相手に威圧感を与えすぎたらしい。
俺自身はそんなつもりはねえんだが、この仕事を始めてから、特に子どもと女には怖がられることが増えた気がする・・・。

とにかく、俺を怖がることは仕方ないと思ったが、次の瞬間には違うような気がした。
「俺」というより、「人」を怖がってる、そんな気がした。
それでもやっぱり、彼女には俺のことを怖がって欲しくないと強く思ったのは確かだ。

これから仕事に行くっていうのに、彼女はすでに疲れているように見えた。
体じゃなく、心が。

俺の顔はもちろん、俺の姿を決して見ようとはせず、俯いてボソボソと話す声は、明らかに怯えていた。
地味で安い服を着て、化粧はしてない、髪はザンバラ。
自分を嫌っている?
自分の存在を否定したくなるような出来事に遭遇したのか?

やべ。やっぱ俺、隣の彼女に興味湧いてる。

彼女の人生に。
もっと彼女のことが知りたいと思った。
だが同時に、彼女の名前を知ったらもう引き返せないと強く思った俺は、そこでストップをかけることができた。

あくまでも現時点で。
どうにか。

車を停めた俺は、自分の部屋・・ではなく、隣の彼女の部屋を見た。

灯り、消えてる。寝てんだよな。
もう夜の11時過ぎてっからなー。

牛乳は後日配達だ。
てかまだ買ってねえし。

隣の彼女んちのドアノブにかけていたコンビニ袋がないことを確認した俺は、顔を緩めるように笑っていた。


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