キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
近づいて、離れる
謎の隣人・野田さんと初めて遭遇した朝、私なりにダッシュしたけど、結局いつものバスに乗り遅れた。
そして次に来たバスに乗れたのはいいけど、窓際は空いてなかった。
立つのと通路側に座るの、どちらにしようか少し迷った挙句、通路側に座った。
もちろん、妊娠してない女の人の隣を選んで。
それからどんどんバスの中は人だらけになっていって、通路側に座っていても、バスが揺れるたびに私の横に立っている男の人から押されて、何度も息が止まりそうになった。
その人は故意に私を押してるんじゃないということは分かってるし、体が当たるのはしょうがないことだとも分かってる。
だけどやっぱり・・・嫌だった。
2年前に離婚して、知人がいないこの地へ来た。
そして今住んでいるマンションを見つけて引っ越し、クレジット会社の仕事を見つけた。
ここで私は、お客さんからの問い合わせに答えたり、未払いの連絡をしたり、督促をしている。
過去、事務全般はもちろん、電話応対の経験もない私がアルバイトでも採用されたのは、ここのカスタマーサービスの離職率が高いからだと思う。
「経験なんてなくていいから、とにかく人が必要だ」みたいな感じで即採用されたし。
とにかく、人の入れ替わりが激しい。
1日最低8時間労働のうち、9割方お客の文句や愚痴を聞かされる上、時には罵声を浴びせられると、仕事に対する意欲や、やる気もなくなる気持ちは理解できる。
だから嫌になって辞めるんだろう。
そんな職場に2年近くもいる私だって、最初の1ヶ月くらいで辞めようと思った。
だけど生活していくためのお金が必要だという現実があって、過去、幼稚園の先生という職にしか就いたことがない私は、事務の仕事なんてできない。
営業職なんてもってのほか。
こんな私が「ノルマ達成」とか「新規顧客開拓」とか・・・できるはずない。
というより、それ以前に、会社側がこんな私を採用するわけがないことは目に見えてる。
この仕事内容は正直嫌だけど、一日中電話応対だけすればいい、ということは、人と直に向きあう必要はない。
会社内の人たちとも、そこまで関わる必要もないし。
それに、お客から怒られても、自分が悪いんじゃないし。
それからは、お金が絡むと人は本性を現すというか、人格変わるってホントだよなー、なんて軽く受け流すようになった私は、お客の理不尽な言い分も適度に聞き流せるようになった。
要は自分のこととして受け入れないということだ。
そうやってお客や会社の人たちと距離を取って、自分の周りに厚い防御壁を張り巡らせていった私は、気づけばカスタマーサービスの古参者になっていた。
この日も「世の中不景気だ」という愚痴に始まり、「お金がないから借りてるんだろ!」と電話越しに怒鳴られて仕事を終えた私は、近所のスーパーで食材を買って、トボトボとマンションへ帰った。
お金ないなら結婚指輪買わなきゃいいのに。
別に結婚指輪がなくても、結婚も離婚もできる世の中だし。
なんて皮肉なことを思いながら、3階まで上った。
エレベーターの中は密室で狭いから、空気が薄く感じる。
そんな中に他の人と乗り合わせると、呼吸がしづらくなってしまうかもしれないから、この6階建てマンションにはエレベーターがついているけど、私はほとんど利用しない。
3階が空いていたのは助かった。
それ以上の階になると、ちょっときついかも。
なんて思う私は、やっぱり年なのかしら・・・「ん?」。
ドアノブにコンビニ袋がかかっている。
これはきっと、謎の隣人・野田さんからに違いない。
袋から少し透けて見えるのは、私のお皿みたいだし。
私はなぜか口元に笑みを浮かべて、ドアノブからコンビニ袋を取った。
『皿ありがとう。牛乳は後日返します。 野田和人』
・・・野田さんって意外ときれいな字、書くんだ。
書道を習ってたって感じの字じゃないけど、丁寧に書いているのが字から伝わってくる。
小学生の頃習っていた習字の先生から、「字は人柄を表す」って言われたことがあるけど、今にして「なるほどなぁ」と納得した。
あの人、すごく怖そうな雰囲気漂わせてたけど、本当はとても優しい人だと思う。
見た目で損してるタイプ?
ううん、あの人怖いけど、意外とモテる気がする。
特に、女の人や小さな子どもに好かれそうな・・・。
自分で行き着いた考えを否定するように、私は顔を左右にふると、野田さんのことを頭の中から締め出した。
それなのに・・・。
そして次に来たバスに乗れたのはいいけど、窓際は空いてなかった。
立つのと通路側に座るの、どちらにしようか少し迷った挙句、通路側に座った。
もちろん、妊娠してない女の人の隣を選んで。
それからどんどんバスの中は人だらけになっていって、通路側に座っていても、バスが揺れるたびに私の横に立っている男の人から押されて、何度も息が止まりそうになった。
その人は故意に私を押してるんじゃないということは分かってるし、体が当たるのはしょうがないことだとも分かってる。
だけどやっぱり・・・嫌だった。
2年前に離婚して、知人がいないこの地へ来た。
そして今住んでいるマンションを見つけて引っ越し、クレジット会社の仕事を見つけた。
ここで私は、お客さんからの問い合わせに答えたり、未払いの連絡をしたり、督促をしている。
過去、事務全般はもちろん、電話応対の経験もない私がアルバイトでも採用されたのは、ここのカスタマーサービスの離職率が高いからだと思う。
「経験なんてなくていいから、とにかく人が必要だ」みたいな感じで即採用されたし。
とにかく、人の入れ替わりが激しい。
1日最低8時間労働のうち、9割方お客の文句や愚痴を聞かされる上、時には罵声を浴びせられると、仕事に対する意欲や、やる気もなくなる気持ちは理解できる。
だから嫌になって辞めるんだろう。
そんな職場に2年近くもいる私だって、最初の1ヶ月くらいで辞めようと思った。
だけど生活していくためのお金が必要だという現実があって、過去、幼稚園の先生という職にしか就いたことがない私は、事務の仕事なんてできない。
営業職なんてもってのほか。
こんな私が「ノルマ達成」とか「新規顧客開拓」とか・・・できるはずない。
というより、それ以前に、会社側がこんな私を採用するわけがないことは目に見えてる。
この仕事内容は正直嫌だけど、一日中電話応対だけすればいい、ということは、人と直に向きあう必要はない。
会社内の人たちとも、そこまで関わる必要もないし。
それに、お客から怒られても、自分が悪いんじゃないし。
それからは、お金が絡むと人は本性を現すというか、人格変わるってホントだよなー、なんて軽く受け流すようになった私は、お客の理不尽な言い分も適度に聞き流せるようになった。
要は自分のこととして受け入れないということだ。
そうやってお客や会社の人たちと距離を取って、自分の周りに厚い防御壁を張り巡らせていった私は、気づけばカスタマーサービスの古参者になっていた。
この日も「世の中不景気だ」という愚痴に始まり、「お金がないから借りてるんだろ!」と電話越しに怒鳴られて仕事を終えた私は、近所のスーパーで食材を買って、トボトボとマンションへ帰った。
お金ないなら結婚指輪買わなきゃいいのに。
別に結婚指輪がなくても、結婚も離婚もできる世の中だし。
なんて皮肉なことを思いながら、3階まで上った。
エレベーターの中は密室で狭いから、空気が薄く感じる。
そんな中に他の人と乗り合わせると、呼吸がしづらくなってしまうかもしれないから、この6階建てマンションにはエレベーターがついているけど、私はほとんど利用しない。
3階が空いていたのは助かった。
それ以上の階になると、ちょっときついかも。
なんて思う私は、やっぱり年なのかしら・・・「ん?」。
ドアノブにコンビニ袋がかかっている。
これはきっと、謎の隣人・野田さんからに違いない。
袋から少し透けて見えるのは、私のお皿みたいだし。
私はなぜか口元に笑みを浮かべて、ドアノブからコンビニ袋を取った。
『皿ありがとう。牛乳は後日返します。 野田和人』
・・・野田さんって意外ときれいな字、書くんだ。
書道を習ってたって感じの字じゃないけど、丁寧に書いているのが字から伝わってくる。
小学生の頃習っていた習字の先生から、「字は人柄を表す」って言われたことがあるけど、今にして「なるほどなぁ」と納得した。
あの人、すごく怖そうな雰囲気漂わせてたけど、本当はとても優しい人だと思う。
見た目で損してるタイプ?
ううん、あの人怖いけど、意外とモテる気がする。
特に、女の人や小さな子どもに好かれそうな・・・。
自分で行き着いた考えを否定するように、私は顔を左右にふると、野田さんのことを頭の中から締め出した。
それなのに・・・。