裏腹王子は目覚めのキスを
一番鮮明に覚えているのは数年前、大学のサークルメンバーで行った卒業旅行の沖縄。あれが最後の旅行だったはずだ。
「旅行……かぁ」
もともとの経験回数が少ないから、当然、彼氏とふたりだけの旅行なんて行ったことがない。
目を閉じて想像してみる。
ここはマンションの十四階ではなく南の島のビーチリゾートだと、ソファに寝そべって自分に言い聞かせる。するとうるさく聞こえていたセミの声が、少しずつ、さざ波の音に変わっていった。
ぎらぎらと照り付ける太陽は同じでも、目の前には無表情なビル群ではなく、ゆったりと波打つ青い海が広がっている。
そして白い砂浜に不可欠なパラソルとビーチチェア。
海を眺めながら日常を忘れてのんびりと過ごす時間はきっと夢のようだ。
となりを見ると、トドのように身体を横たえた健太郎くんがいて……。
普段から落ち着いていて緊張やストレスを感じさせない彼が、浜辺でリラックスしている姿はあまりイメージできなかった。
健太郎くんもうちの両親と同じで、どちらかというと外に出かけるよりは家の中で映画を観たり本を読んだりしていた方が好きなタイプだ。
そんな彼が旅行だなんて……。
それからはっとした。
もしかすると健太郎くんは、わたしのためを思って提案してくれたのかもしれない。
面接に落ち続けて元気のないわたしを、現実世界から連れ出すために……。
そう考えたとたん、「行かなきゃ」と思った。
それは強迫観念にも近い感情だった。
わたしにとって旅行はそう気軽に行けるものではなくて、「行くぞ」と身構えてしっかりと計画する類のものだ。
そして健太郎くんがわたしのために考えてくれたプランなら、それに応えるのは当然のことのように思えた。