裏腹王子は目覚めのキスを

お隣の家にトーゴくんが帰ってくれば、うちの母親が黙っていない。
 
彼の大ファンである母は、必ず『今、トーゴくんが帰ってきてるんですって』と聞いてもいないのにわたしに情報をもたらすのだ。
 
お盆に地元に帰るという発言に驚いていると、わたしの心を察したのか、彼はご飯茶碗を持ち上げながら弁解するように言った。

「たまには顔見せに帰んねーと。父親の様子も気になるし」

「あ……そっか」
 
トーゴくんのお父さんは四月に目の不調を訴えて病院で検査を受けた。その関係で、わたしがおばさんの代わりにこのマンションに来ることになったのだ。
 
おじさんは結局、目の周りの筋肉が衰えたことでピントが合わなくなっていることが判明した。
脳に異常があったわけではないから、家族はみんな安堵したのだけど、本人は目に見えて現れた老化現象にひどく落ち込んでいるらしい。

「おじさんの様子、心配だよね……」
 
トーゴくんのお母さんは電話で明るく『大丈夫よ』と言っていたけれど、おじさん本人の気持ちを考えると胸が塞ぐ。

「トーゴくんが元気づけてあげたらきっと喜ぶね」
 
笑いかけると、横目で睨まれた。

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