裏腹王子は目覚めのキスを
家庭を持つこと。
家族が増えること。
自分一人だけで完結していた世界を誰かと共有し、協力して新しい世界や命を育てていくその行為は、きっと大きな幸せの形だ。
ふと思い浮かんだのは、三十路の王子様の顔だった。
ひとり暮らしの部屋で、結婚する気はないと言ったトーゴくん。
その気になればいつだって相手を捕まえられそうなのに、そうするつもりがないなんて……。
彼の理想とする幸せは、伴侶を必要としない生活なのかな。
一緒に暮らしながら見てきたトーゴくんの表情は、仕事で疲れてはいても、だいたい明るい。
好きなように過ごしているからか、いつも満ち足りた顔をしている気がする。
すぐに意地悪なことを言うし、皮肉も多いけれど、笑顔だって頻繁に見せてくれる。
片方の口角をつり上げた、王子様特有の不敵な笑い方を思い出していると、
「あら、羽華子。おかえりー」
弾んだ声が聞こえて、わたしは顔を上げた。
リビングのドアを開けて入ってきたのは、買い物袋をさげた両親だ。
「あー重たい」
どたどたとせわしなくキッチンまで歩くと、お母さんは荷物をキッチンカウンターに置いて「留守番任せて悪いわねぇ」と弟の彼女に微笑みかけた。
お母さんに続いてお父さんが袋を置き、息をつく。
「いやー外は日差しが暑いなぁ」
メガネの奥の目を細めながら、うちわで自分の顔を扇ぎはじめた。緩やかな風にあおられて、白いものが混じった頭髪がふわふわ揺れる。
「元気にしてたか、羽華子? 仕事のほうは決まったのかい?」
父親にいきなり核心をつかれて、わたしは言葉に詰まった。