裏腹王子は目覚めのキスを
「トーゴくん」
洗い物を済ませエプロンを外しながらキッチンを出ると、しゃがみこんでキャリーバッグを開けていた彼が目を上げる。
長いまつ毛が覆う綺麗な目元には、ここ数日の忙しさで薄くクマが浮いていた。
「あのね、大事な話があるの」
「あん?」
話の内容をいくらか察したように、トーゴくんはわずかに眉根を寄せた。
外で笑顔ばかり振りまいている王子様は、家の中では別人のように負の感情まであけっぴろげだ。
嫌なことがあるとすぐに顔に出るし、口も悪ければ態度も悪い。
だけどトーゴくんの言葉は言い方が辛辣なだけで説得力があるし、おまけにどこか愛嬌も感じられ、聞いているわたしはいつも納得させられてしまうのだ。
でも、健太郎くんの話となると、トーゴくんは様子が変わる。
目つきが険しく、声も一層低くなる。
まるで腹の底から込み上げる黒い炎を無理やり押さえ込んでいるみたいに。
「実は……」
その先が続かなかった。
言葉の先端が魚の骨みたいに喉に引っかかって、なかなか出てこない。
トーゴくんの目つきが変わると思うと……怖い。
わたしはスカートの裾を握り締めた。手に汗がにじんで、心臓の鼓動が早い。
キャリーバッグに荷物を詰め込みながら、トーゴくんは焦れたように言う。
「なんだよ」