裏腹王子は目覚めのキスを
今日までここに置いてくれたトーゴくんの心を思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
でも、これ以上迷惑はかけられないし、トーゴくんにはちゃんと、未来をともにするお姫様と時間を過ごしてもらいたい。
そう思った瞬間、胸に痛みが走った。
無数の針で内側から突かれているような、わずらわしい痛み。
息が詰まりそうで、わたしは深く吐息を吐きだした。
リビングの照明を受けて、トーゴくんの真っ黒く澄んだ瞳が、揺れている。
覚悟を決めなければならない。
わたしは気持ちを入れ直す。
王子様と、お別れする時間が来たのだ。
「わたし、結婚するの」
リビングの時間が一瞬、止まった。
時計の音さえ消してしまう密度の濃い沈黙のなか、トーゴくんの表情が変化する。
目が大きく見開かれ、かと思えば眉間に深い皺が刻まれていく。
「はあ? 結婚!? なんだそれ!」
部屋中の空気を震わせる大声に身を縮めながら、わたしは一気に口にした。
「このあいだ健太郎くんにプロポーズされて。それでとりあえず旅行に行こうって」
全部吐き出してしまうつもりで言うと、トーゴくんは立ち上がり、混乱したように右手で頭を抱えた。
「ちょっと待て。その順番もおかしくねえか? 普通その場合なら旅行先でプロポーズだろって、そんなのはどうでもいい」
ぎろりと睨みつけられて、わたしはあとずさった。