裏腹王子は目覚めのキスを

「気持ちいー」

「……お前、実はすげえ酔っぱらってるだろ」

「そんなことないですー」

「口調が緩みまくりだし」
 
ため息をついて、彼は静かにわたしから自分の手を引き抜いた。呆れているらしいその様子に、わたしはついムキになる。

「うるさいー! だいたいトーゴくんは女の子にだらしなさすぎなんだよ」
 
突然怒りがこみ上げて、わたしはテーブルに身を乗り出した。

「わたしと飲みに来てる場合じゃないでしょー! 誰かと約束してたのにドタキャンして!」

「はあ?」
 
トーゴくんが眉を歪めたのがわかるのに、わたしの心の声はそのままの形で口から出ていく。

正常時に機能しているはずのフィルターがすっかりバカになってしまって、言葉は蛇口から溢れる水みたいにするするこぼれた。

「仮病つかって別の女と飲みに行くなんて最低―!」

「べつに彼女じゃないんだからいいだろ」

「そういう態度が女をバカにしてるんだってば!」 

「……こいつ、絡み酒かよ」
 
面倒くさそうにつぶやく声を、わたしは聞き逃さなかった。言葉のフィルターが機能しない代わりに、五感が冴えわたってるみたいだ。 

「そうやってすぐ面倒くさがる!」

「へーへー、すいませんねぇ」

「心がこもってなーい! トーゴくんはねぇ、女の人と真面目に向き合ってないんだよ。どうせ誰かに本気になったこともないんでしょー!」
 
土砂降りの雨がダムを決壊させて濁流が溢れ出すみたいに、抑えていた感情を爆発させると、トーゴくんはぽつりと言った。

< 62 / 286 >

この作品をシェア

pagetop