裏腹王子は目覚めのキスを

離職率の高さも、今思えば当然だったのかもしれない。

それでもあの会社にいる頃は、忙しさも厳しさも社会人にとっては普通のことで、耐えるのが当たり前なのだと思っていた。

深く考える余裕もなかった。
 
毎日上司から浴びせられる怒声や嫌味で、耳が聞こえにくくなるという症状が出だし、長時間の労働とストレスで体重が落ちて、生理も止まった。

身体が悲鳴を上げて初めて、わたしは自分の心が麻痺をしていることに気づいたのだ。
痛みを感じないまま擦り切れて、削げ落ちて、消えてなくなる寸前だった。
 

会社を辞めて一年、自分だけ、社会からどんどん取り残されていく気がするのに、遅れまいと踏み出そうとする足は、まだ痺れて動かない。
 

もう一度、ため息をついた。
 

まだ、だめなのかな……。
 
自分のなかにあるにもかかわらず、心というのはいつまでたってもコントロールがきかない。


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