裏腹王子は目覚めのキスを
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その日、トーゴくんは帰宅が遅かった。
終電が終わる時間になっても帰ってこず、どうしたんだろう、まさかどこかで事故に遭ったりなんかしてないよねと心配になり、
かといって彼女でもないのに電話をかけることもはばかられ、ひとりで悶々としているところに「タクシーで帰るから、先に寝てろ」と連絡が入った。
残業だとしたら先に寝るのもなんだか悪いような気がするけど、起きてるほうがかえって気を遣わせてしまうと思って、パジャマに着替えた。
わたしが布団に入ったのが夜中の一時で、それからしばらくしたら玄関が開く音がした。
トーゴくんの足音が部屋の前を通り過ぎ、リビングへと消えていく。
いつもどおり、どこか引きずるような、疲れが足裏にべったりと滲んでいそうな足の運びだった。
きっと休日出勤をしないで済むように仕事を無理やり片付けてきたのだ。
いてもたってもいられなくて、わたしはベッドから下りた。パジャマの上にカーディガンを羽織り、そっと部屋のドアを開ける。
天井の白いライトが照らしだすリビングに、トーゴくんの姿はなかった。
耳をすませると、洗面所のほうから物音が聞こえてくる。
細かな水しぶきが雨のように注ぐ音。
シャワーに入ってるんだ。
ちょっと拍子抜けして、わたしはリビングを通り抜けキッチンに入った。