裏腹王子は目覚めのキスを
「実は、わたしが働いてた会社、結構ひどいとこだったんだ」
条件反射のように引きつりそうになる頬を、どうにかこらえる。
ノルマがきつく、徹夜は当たり前なのに残業代は出ない。
取引先を一日に何件も回らなきゃいけないから昼休憩もまともに取れない。
接待もあるから休日出勤は当然で、休みは二ヶ月に一度取れるかどうか。
先輩からは嫌味を言われ、トラブルが起これば身体を使っておさめてこいと怒鳴られる。
殺伐としていたオフィスを思い出しながら言うと、トーゴくんは眉をひそめた。
「ブラック企業じゃねえか」
「うん……今思えばそうだった」
「それで身体壊して休養してたってことか。けどもう一年経つんだろ? そろそろ新しい仕事探してもいいんじゃねえか」
「……うん、そうは思うんだけど、自信がないんだ」
箸を止めて、わたしは苦笑いを浮かべる。
家族にだってろくに話せていない、自分の気持ち。弱い部分をさらけ出すのは、とても勇気のいることだ。
午後四時という中途半端な時間のせいか、レストランにはそんなに人がいない。ぽつぽつとテーブルを埋める客席には、女性のひとり客もちらほら見られた。
わたしがなかなか言葉にできなくても、トーゴくんは急かしたりしない。ただ、黙って料理を口に運んでいる。
自然な空気を作り出そうとしてくれているのか、わたしのせいで生まれた沈黙にもかかわらず、気負わないで済んだ。
「わたし、働くのが、恐いの」
皿に伸びていた箸が、一瞬、止まる。トーゴくんは表情を変えずにわたしを見る。