裏腹王子は目覚めのキスを
 
身体のどこかで、音がした。
 
どこまでも続いていた氷山に、一筋のごく小さな亀裂が入ったみたいな、わずかな物音。
 
その筋は、巨大な氷の山に対して、なんの変化も生じさせないけれど、微かな予感を与えてくれる。
いつか巨大な氷塊を粉々に砕くことになる大きなひび割れの、最初の一筋になるのではないかと。
 

わたしが黙ったままでいると、彼は目を落として食事を続けた。

「正社員がきついなら、とりあえず派遣とかで探す手もあるだろうし、お前、こっちで仕事探せよ」
 
思いがけない言葉に、一瞬反応が遅れた。

「え、でも」

「仕事決まって安定するまで、俺んちに居ればいいじゃん」

「……えっ」
 
見つめ返すと、トーゴくんはなんとなく決まりが悪そうに視線を逸らした。

「俺もまだ忙しいから、お前がいてくれたほうが助かる面もあるし……」

「で……でも」

「地元じゃ、派遣とかでもなかなか思うような仕事は見つかんねえだろ?」

「そうかも、しれないけど」

「いつまでも実家に引きこもっててもしょうがねえよ。ちょっと踏み出すのに、今の環境ならちょうどいいじゃねえか」
 
なんの弊害がある、とでも言うように、断言するトーゴくんにちょっと面食らう。

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