恋の捜査をはじめましょう
怪しまれるような行動は、慎むべき。
それは、彼が事件に関わる者であれば…もちろんのこと。
逆を言えば、こちらの動向を窺っていることも考えられる。

よって、藤橋主任は直ぐにまた利用者を装いながら…、本を出しては、それを立ち読むような行動へと移した。


じっと…我慢を強いられる、根比べの時間。

しかし、これがまた俺の性には合わないことも事実。ならば今、俺がこの場で出来る最小限のことは…?



俺は自分のスマートフォンを本の上に出すと、それをいつものように操作し始める。

わざわざこれ見よがしにするのには、ほんのひと欠片もやましい気持ちを持っていないことをアピールする為だ。


まさに、アイツ…、鮎川潤が反面教師だ。


受信メールを開くと、その『鮎川潤』の名が刻まれていた。

『今日は食堂に来ないの?』

「・・・・・・。」

メールは、便利なようでいて・・・実は、もうそうでもないって気づく。

今はもっと簡単に、早く、相手と意識疎通ができる方法がいくらでもあるって知っているからだ。

鮎川と八田が、そうしているように・・・・・・。



静寂の中で、パラ・・・、と紙を捲る音が耳に届いて。
そこで、はっと今置かれている現実に引き戻された。



確か、「442」。
先ほど棚に並んだ書籍の背表紙。目の前の男が抜き取った本の周辺は…皆、そこに貼られたシールに「44」の数字から始まる番号が記載がされていた。

近くの本を見れば、どんな分野の本であるかなどは、大方検討はつく。

カウンターに設置されているパソコンで検索するか、司書の女性に問いかけてもそれまでだが…、相手に見られてしまうリスクと、当該人物から目を離したことによるリスク。それを考慮すれば…今出来る最速かつ最善の方法だろう。


この小さな機器で、溢れんばかりの情報を知り得ることができる現代に、感謝したい。




検索にかかった、羅列した文字を眺めるだけでも…それは明白であった。


「………。」



スマフォの画面から目を離して…、俺はまた、窓の外を
見つめる。

そこは、分厚い雲に支配された…、真冬の、荒れた世界。



男が浸る世界とは無縁とさえ思えるが……?





それから約1時間。
特に大きな動きはないままに、男は読んでいた本と、他の2冊の本とをカウンターへと持ち出す。


それらは持参したビニール袋に入れられ、更にリュックへ押し込むや否や…、男はこの場をのろのろと離れて行った。

同時に、俺の側にやって来た藤橋主任が、外で待機する別のペアへと連絡を入れる。



「すみません。ちょっとおうかがいしますが…。」

本日何度目かになる大あくびの最中。油断していたと思われるカウンターの女性は、椅子をぎこちなく半回転させては…眠そうな目を伏せたまま、無愛想に「はい?」と返事した。

「今出て行った男性に貸し出した本は…?」

「……利用者のプライバシーに関わることはお答え出来ません。」

疑わしいのは、どちらかと言えばこちらオッサン2人組の方だろう。

「ああ、すみません。申し遅れましたが、私、〇〇警察署刑事第1課の者ですが。」

差し出した警察手帳と俺の顔とを見比べた後、女性は慌てた様子で即座にパソコンへと向き合うと、「こちらになります。」とそう言って、画面をくるりとこちらへと向けた。


「………。因みに、どういった内容かなんては…。」

「すみません、さすがにそこまでは…。」

「…ですよね。失礼しました。あ、それからもうひとつよろしいですか。」

「ハイ!何でしょう?」

「この本、借りて行きたいんですが、コレでオッケーなんてことにはならないですよね。」

俺は、彼女の目の前に差し出した警察手帳に目を配る。

「………。」

相手は明らかに顔をひきつらせた後、
「申し訳ありませんが、カードを作成させて頂きますので…。」

作った笑顔で、丁重にお断りしてきた。


「…まあ、そうですよね。」


「……柏木、何してんだ。行くぞ!」
電話を切った藤橋主任が、しかめた面で俺を急かす。

「すぐ追います、先に行ってて下さい。」

「……?お前……何してんだ?」

「や、ちょっとカードを。」

「はあ?」

主任が呆れるのも無理はない。
誰が見たって、一心不乱に字を書き綴る俺の姿は…、相当滑稽に映るだろうから。


何も今じゃなくともいいだろう、と、次に言われる言葉は…予想もつく。

でも、小さな出会いも…侮れないないんだ。
「躓く石も縁の端」。

「……気に入ったのか、その本。」

「ええ、まあ。」

この本に書かれていることはきっと、ヤツの信念に似たもので溢れているから、だから……


「今、読んで欲しいんですよ。」






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