恋の捜査をはじめましょう
捜査は大詰め。
あと少し、あともう少しで…何かが掴めそうだった。
ここに来て、捜査対象者が絞られて来たのにも…理由がある。
全てを繋ぐパズルのピースが、見つかりそうで見つからない。
…そんな状況だった。
捜査員一同、何度も眠れぬ夜を明かし、血眼になって…それでもなお、必ず朝はやって来る。
そう、血眼になって。
「おはようございます。…迫田くん、迫田くん。どうだね、最近調子は。」
まるでどこかの課長のような口調で、刑事第1課の部屋を訪れたアラサー女は、朝から若手の刑事に突っ掛かっては、血走った目をギラギラとさせていた。
「絶不調ッスよ、鮎川主任。」
「やはり?我々は、アレをしないと…」
「1日が始まりませんね。」
こそこそと話すこの二人、実は相当仲がいい。
「主任、アレはしてるんですか?腰痛に効く気功なるもの。」
「勿論。骨に響かない程度にね。ホラ、見てよ。この立位 !」
ちょっと前まで婆さんのようだった動きが、嘘であるかのように…ヤツは機敏に真っ直ぐな姿勢を作る。
……が、その直後にはふにゃりと腰を折り曲げて、深いため息をついた。
「…はあ~…。いつになったら健康体操が出来るんだろう。」
なおも、おかしなポーズで動作し続ける鮎川に…誰もツッコミなどしない。
同課の若手は見慣れているから、さほど気にもしない。
何度その現場に居合わせても、慣れるどころか必死に笑いを堪えて、なんとなく…、そう、いつも何となくそれを視界の端に捕らえているのは、俺くらいなものか。
「お疲れ様です。でも、あれ?主任、今日泊まり明けでしたっけ。」
「イヤ。」
「ハハ、じゃあ、何でそんなん眠そうなんですか?」
「それは、」
途端に、奴のホラーな瞳が、俺のいるその方向一直線に…向かって来る。
お陰様で迂闊に視線が…ぶつかってしまう。
「………お前のせいだ~!」
声色まで変えて凄んで見せてはいるものの、若干覇気がない。
「………。」
「…スルーですか。そうですか、柏木さん。」
「え。俺?」
「他に誰がいるって言うんです?貴方が……。」
「わーホントだ。たいへん、鮎川の目に溢血点が。」
「そうそう、アナタが私に手を掛けたから…、て違うわ。人をユーレイのように扱うとは。呪うよ?ハゲの呪いかけますよ?」
1人ノリツッコミは、寝不足の割には冴えているようだ。
「スミマセン、主任。俺、野暮なコト聞いちゃいました?」
迫田は俺とヤツとを交互に見比べながら、冗談混じりにニンマリと笑う。
「「……は?」」
「息もピッタリですね、お二人。そういや柏木係長、昨日とネクタイが同じッス。」
「「…………。」」
可笑しいことに、今度は目ばかりでなく、顔まで真っ赤にさせるヤツが面白過ぎて…、俺はとりあえず、肯定も否定もしないでみる。
と、途端に……
『ジリリリリリ…!!』とベルのような耳に響く音が鳴って。
「はい、もしもし~。」
それは、相原さんが話し出したと同時に、ピタリと止んだ。
携帯の通話を切った相原さんは、なんの悪びれもなく…
「いやあ、昨日鮎川が懐かしい本を持っていたから、つい俺も書斎から引っ張り出して来て読んだよ。当時はこの音が鳴る度に、身が引き締まったもんだ。雰囲気出るだろう?黒電話。スマンな、マナーモードにするのをウッカリ忘れてた。」
なんて…ほくそ笑む。
「お前もアレだろう?つい夢中になって読み耽ったってヤツ。」
「……そ、そうなんですよー。あの、火災の章はホント意外でしたね。まさか、リンゴが決め手になるとは。どれをとっても、凄く現場が見える内容で…いや、本当もう、彼は鑑識の神です。」
まさかの、相原さんの適切な解説によって、迫田のあらぬ誤解はあっさりと解かれてしまった。
それにしても…。
「やっぱりな。」
流石師弟関係と言うべきか、ヤツの理念=相原さんの理念って法則が立証されたようだ。
この二人が、例の書籍によってどれだけ感化されたかは…計り知れない。けれど、鮎川のケツに火ィ付けることくらいは、簡単に…出来たのではないだろうか。
何せヤツは、案外単純だ。
「てことで、ハイ、柏木さん…コレ。」
彼女の手から俺の手に、今話題の『ソレ』が渡る。
「凄く面白かったです。またいいの見つけたら…貸して下さい。」
「……。鮎川、お前…、本とか読む方?」
「……?まあ、人並みくらいは。」
「ジャンルは?」
「ミステリーとか。でも時間が余りないから…とんと読まなくなりましたね。」
「あんた、案外ロマンチストだったよな。」
「はあ?」
「意外とイケると思うんだよ。」
「……なに、何の話ですか?」
怪訝そうに取り敢えず眉をしかめて、
けれど、どこかで期待しているかのような…わくわくとした瞳は嘘はつけず、真っ直ぐに、寸分のズレもなく…こちらの視線に合わせたまま。
あと少し、あともう少しで…何かが掴めそうだった。
ここに来て、捜査対象者が絞られて来たのにも…理由がある。
全てを繋ぐパズルのピースが、見つかりそうで見つからない。
…そんな状況だった。
捜査員一同、何度も眠れぬ夜を明かし、血眼になって…それでもなお、必ず朝はやって来る。
そう、血眼になって。
「おはようございます。…迫田くん、迫田くん。どうだね、最近調子は。」
まるでどこかの課長のような口調で、刑事第1課の部屋を訪れたアラサー女は、朝から若手の刑事に突っ掛かっては、血走った目をギラギラとさせていた。
「絶不調ッスよ、鮎川主任。」
「やはり?我々は、アレをしないと…」
「1日が始まりませんね。」
こそこそと話すこの二人、実は相当仲がいい。
「主任、アレはしてるんですか?腰痛に効く気功なるもの。」
「勿論。骨に響かない程度にね。ホラ、見てよ。この立位 !」
ちょっと前まで婆さんのようだった動きが、嘘であるかのように…ヤツは機敏に真っ直ぐな姿勢を作る。
……が、その直後にはふにゃりと腰を折り曲げて、深いため息をついた。
「…はあ~…。いつになったら健康体操が出来るんだろう。」
なおも、おかしなポーズで動作し続ける鮎川に…誰もツッコミなどしない。
同課の若手は見慣れているから、さほど気にもしない。
何度その現場に居合わせても、慣れるどころか必死に笑いを堪えて、なんとなく…、そう、いつも何となくそれを視界の端に捕らえているのは、俺くらいなものか。
「お疲れ様です。でも、あれ?主任、今日泊まり明けでしたっけ。」
「イヤ。」
「ハハ、じゃあ、何でそんなん眠そうなんですか?」
「それは、」
途端に、奴のホラーな瞳が、俺のいるその方向一直線に…向かって来る。
お陰様で迂闊に視線が…ぶつかってしまう。
「………お前のせいだ~!」
声色まで変えて凄んで見せてはいるものの、若干覇気がない。
「………。」
「…スルーですか。そうですか、柏木さん。」
「え。俺?」
「他に誰がいるって言うんです?貴方が……。」
「わーホントだ。たいへん、鮎川の目に溢血点が。」
「そうそう、アナタが私に手を掛けたから…、て違うわ。人をユーレイのように扱うとは。呪うよ?ハゲの呪いかけますよ?」
1人ノリツッコミは、寝不足の割には冴えているようだ。
「スミマセン、主任。俺、野暮なコト聞いちゃいました?」
迫田は俺とヤツとを交互に見比べながら、冗談混じりにニンマリと笑う。
「「……は?」」
「息もピッタリですね、お二人。そういや柏木係長、昨日とネクタイが同じッス。」
「「…………。」」
可笑しいことに、今度は目ばかりでなく、顔まで真っ赤にさせるヤツが面白過ぎて…、俺はとりあえず、肯定も否定もしないでみる。
と、途端に……
『ジリリリリリ…!!』とベルのような耳に響く音が鳴って。
「はい、もしもし~。」
それは、相原さんが話し出したと同時に、ピタリと止んだ。
携帯の通話を切った相原さんは、なんの悪びれもなく…
「いやあ、昨日鮎川が懐かしい本を持っていたから、つい俺も書斎から引っ張り出して来て読んだよ。当時はこの音が鳴る度に、身が引き締まったもんだ。雰囲気出るだろう?黒電話。スマンな、マナーモードにするのをウッカリ忘れてた。」
なんて…ほくそ笑む。
「お前もアレだろう?つい夢中になって読み耽ったってヤツ。」
「……そ、そうなんですよー。あの、火災の章はホント意外でしたね。まさか、リンゴが決め手になるとは。どれをとっても、凄く現場が見える内容で…いや、本当もう、彼は鑑識の神です。」
まさかの、相原さんの適切な解説によって、迫田のあらぬ誤解はあっさりと解かれてしまった。
それにしても…。
「やっぱりな。」
流石師弟関係と言うべきか、ヤツの理念=相原さんの理念って法則が立証されたようだ。
この二人が、例の書籍によってどれだけ感化されたかは…計り知れない。けれど、鮎川のケツに火ィ付けることくらいは、簡単に…出来たのではないだろうか。
何せヤツは、案外単純だ。
「てことで、ハイ、柏木さん…コレ。」
彼女の手から俺の手に、今話題の『ソレ』が渡る。
「凄く面白かったです。またいいの見つけたら…貸して下さい。」
「……。鮎川、お前…、本とか読む方?」
「……?まあ、人並みくらいは。」
「ジャンルは?」
「ミステリーとか。でも時間が余りないから…とんと読まなくなりましたね。」
「あんた、案外ロマンチストだったよな。」
「はあ?」
「意外とイケると思うんだよ。」
「……なに、何の話ですか?」
怪訝そうに取り敢えず眉をしかめて、
けれど、どこかで期待しているかのような…わくわくとした瞳は嘘はつけず、真っ直ぐに、寸分のズレもなく…こちらの視線に合わせたまま。