恋の捜査をはじめましょう
柏木が自分でそれをせずに、私に託して来たその意味が…何だったのか。
手が回らないと判断したからか…。いや、それだけではないだろう。
応えなければならない。
自分のプライドに掛けても、そして……信用して頼ってくれた、柏木の為にも、
何よりも……警察の名において。
「柏木さん。実はひとつだけ…見つけたんです。」
「……うん、なに?」
「気になる星を。」
「………それ、詳しく話して。」
柏木の目付きが…一変する。
「柏木さん、貴方の視力は…いかほどですか?」
「はあ?」
肩透かしを食らった、といった顔つきで、眉間にシワを寄せた柏木は…
「去年の健康診断では、1.2と1.5。」
とぶっきらぼうに答えた。
「へえ、私はどっちも2.0ですよ。やだ、初めて柏木さんに勝っちゃった?」
「それはそれは…良かったな。…で?」
「…ならば…私らには、見えるかもしれないですね。」
「……?何を?」
「『見えない星』を。」
「……見えない…、星?」
私の言う言葉を復唱して、それから…、ヤツはハッとしたかのように、もう一度それを繰り返した。
「見えない、ホシ…。」
それは……何度耳にした言葉だったのか。
『あなたには、このほしが見えますか?』
『まだほしが見えないのか』
幾度も私達を見下し、欺いてきた言葉そっくりそのままであると…、今、目の前にいる男が確証した瞬間であった。
「その星の名前は、『アルコル』。明るく輝きを放つ二等星『ミザール』の二重星か、はたまた連星なのかはハッキリとされてはいない四等星。二つの星が分離して見えるかが、かつて視力を試す手段として使われていたこともあったそうです。」
「………。」
「その名称の由来も、諸説ありますが。アラビア語で『かすかなもの』を意する言葉。ラテン語での『忘れられたもの』…。日本や中国でも、別称で不吉の象徴のように扱われていたこともあるようですね。……まるで…、そう。犯人の主張を表しているんじゃないかって思うくらいに…この恒星が、気になって仕様がないんです。」
「アンタは実際に見てみたの?その星。」
「……いえ、見えたのかもしれないけれど、見れなかった。」
「……ああ。昨夜も雪模様だったからな。」
「それだけじゃない。その星は、見えそうで見えない。」
「ややこしいよ、オマエ。焦らしてんの?」
私の拙い説明が、まどろっこしくて仕方がないのだろう。
柏木の眉間には、さらに深いシワ。おまけに腕組みなんかして、イライラを募らせているようだった。
「別にそういうつもりじゃあないです。ただホラ、よく聞くじゃないですか?星座には季節があるって。」
「……つまり?」
「アルコルは、結局の所、ミザールっていう星のオマケとしての認識でいいのかはわからないけれど、そのミザールといくつかの星で構成される星座は、北の空に一年中見れるとされているのに、冬は見えづらい。冬に見えないのは、地平線にあるからですが…、それゆえ、その星座は、『春』の星座って言われることも。」
「…へえ、一晩で随分学習してんな、アンタ。…で?その星座って…。」
「……『おおぐま座』。」
「おおぐま座…。……ん?」
「……?なに?」
ヤツはいよいよじっと……何か考え込んでいる。
「なあ、あのさ…、犯人が署に電話を掛けて来たのって、どの事件の後だった?」
「……。確か、捜査本部が立った時だから…。……ああ、ラーメン屋の火災の後ですね。」
「ラーメン屋の火災…。」
「秋川管理官が、『5件の火災に関与する者』って、発表してます。」
「……5件…。じゃあ、犯行声明文が届いたのは、6件目の後…。」
「……?…そうなりますね。」
「6件目は、住宅火災…だったな。あのユーレイ屋敷、か。」
「幽霊屋敷?」
「言ったじゃん、あそこに住んでる婆さんが、とうに死んだ筈の息子が来たんだって証言したこと。」
「ああ…。」
「へえ、随分大胆なこった。ナニが『見えないホシ』だ。堂々としてるんだか、臆病なんだか…。ヤロウ、つけられてるとわかってて、わざと…。」
「…………?」
「……で、以来犯行は予告しているのに、ピタリと止まってるって状況か。次があるとすれば、それを最後にでもするつもりなんだろうけど……、タチが悪い。」
納得したかのような、呆れているかのような、微妙な面持ちで…、柏木は、一つ大きく息を吐いた。
「しかしまあ、流石と言うべきか…、アンタはタダじゃあ昇天もしないな。」
「は?」
「残念ながら俺には……、ハッキリ見えるよ。『おおぐま座』。」