恋の捜査をはじめましょう
その夜、署を出ようとした瞬間…
目の前に飛び込んできたのは、白の喧騒。
荒れ狂う…街並み。
二の足踏んで、ドアの向こう側に行くのを…暫し躊躇する。
「雪……、やまないかなあ。」
例え止まなくとも、こうも本降りじゃあ…辛いだろう。
「ああ、こんなに降られちゃあ…連中も酷いだろうな。」
不意に、私の心の中を読み取るようにして…
背後から声がした。
「……係長。」
振り返るとそこに、鞄から手袋を取り出す…相原係長。
「雪ってのは…何にせよ捜査の妨げになるもんだよなあ。視界も悪ければ、じっとそこに留まる捜査員にとっては…寒くて寒くて思考さえ凍らせちまう。オマケに、降っても…解けても…証拠を隠す厄介者だ。」
「…………。」
「何だよ、キョトンとした顔して。ヤツの心配してたんじゃないのか?」
「……あ…、イエ。帰るにも、寒そうで嫌だなあ、と。」
「……。車通勤だろう、オマエは。」
「まあ、そうなんですけどね。」
相原係長が言う『ヤツ』が誰のことだろうなんて…聞かなくとも、わかってしまう。
だから敢えてそこには…触れない。
図星、だったからだ。
それにしても、係長の身なりは…随分とまた、厳重だ。
カーキのネックウォーマーに、暖かそうなコート。
薄毛を守ってくれるであろう…毛糸の帽子。
手袋だって、これからまさかゲレンデに向かうんじゃあないかってくらい…厚手で立派なそれで。
思わず…凝視してしまった。
「あの、まさか歩いて帰るんですか?」
「……?ああ、ウチの官舎は比較的近いからな。若いの見習って…最近はそうしてる。」
「ですが、流石に今日は…」
「天候を言い訳に出来ない部分もあるだろう?熱があろうが、休むことさえ簡単に許される職でもない。だから、乗せて行こうかなんて気を遣うことは…ないからな?」
「…………。」
またしても、図星。
「じゃあ、お前も雪山にご挨拶するようなことないように…気をつけて帰れよ?…お疲れさん。」
ばふっと手袋越しに背中を叩かれて。
そこから電流が流れたみたいに…一気に背筋が伸びる。
成る程、忘れては…いけない。
こんな日、こんな雪にしてやられたのは…何を隠そう、私の方だ。
「……要するに…乗りたくないってことですね。」
係長の肩が、ピクリと動く。
「そうとも言う。」
哀愁漂う背中が、ちょっぴり愛嬌を滲ませているようだった。