恋の捜査をはじめましょう
私の黒歴史とも言える…時代。
もはや過去の産物として、誰にも知られることも悟られることもないくらいに努力を…重ねて。
責任あるポジションも任され、いよいよ皆の信頼を掴みとったかと…思っていたのに。
その情けない時代を知る者の…、ひとり。
その……男。
柏木晴柊が、今現在……
目の前にいる。
午前の仕事に目処を付けて。
唯一の…お楽しみタイム。昼食を摂りに…食堂へと向かう。
「潤ちゃんは…、今日はカレーでしょう?」
馴染みの食堂のおばちゃんは。食券を確認することもなく…
トレイにドン、と、大盛りのカレーを置いた。
「さっすが時子さん!」
毎月1日は……『カレーの日』。
名前通りに、この日は…カレー全種類が半額となる、サービスデー。
あっちもこっちもカレー。
私に限らず、署員のほとんどが…それを食する。
「今日は、チキンカレーか。ヤバ、お肉柔かっ。」
ターメリックライスがまた、まろやかなソレに合う。
とはいえ、例外ももちろんいるわけで………。
一人カレーを口に運んでいた私の…目の前。
丁度…向かい側。
いつもは空席のその場所に、椅子をひいて座る者が…あった。
「…………?!」
お陰様で、口に入った大量のご飯が…喉につまる。
げほげほと、咳こむ私の前に……。その人物は、黙って自分のコップを…差し出した。
私は敢えて、そのコップを押し戻す。
それから……
ようやく落ち着いて息が出来るようになると…、
「何でわざわざここに座んの、柏木…。」
お相手の柏木に…尋問を開始する。
「……………。」
「黙秘かよ…。質悪いな。」
「………ご飯は黙って食え。また詰まらすぞ。」
「あんたねえ…!」
「一応、知ってる顔はアンタくらいだったし、ここの情報でも収集しようかと。」
「……あ、そう。ごめんなさいね、唯一の顔見知りが私で。…で?聞きたいことは、何?私、食事は一人で食べる主義だから、聞いたら
さっさと…違うテーブルに移ってくれる?」
「一人で食べる主義?一人に慣れてて、落ち着かないってだけだろ。……オトコ慣れしてないから。」
コイツは……、口を開くとほんっと毒ばかり!
柏木は、そんな私の思惑など…まるで関係ナシ。淡々とした口調で…言葉を続ける。
「…そうだな…例えば。この食堂でのオススメは何か、とか?」
聞いている側の癖して、自分の質問内容に…首を傾げている。
そりゃあそうだ。付け焼き刃的な質問じゃあありませんか?
「普通…頼む前に聞くもんじゃないの、それ。」
ヤツが口にしようとしているのは。
ここのメニューの中でも、かなりお高い…天丼。
かたやこちらは、半額カレー。
嫌味か……?
「毎月1日は、カレーが半額だから…今日は殆どの人がカレーを食べてると思う。」
「……………。」
面倒だが、更なる面倒を産むのはゴメンだ。
真面目に答えて、さっさと去るのを期待しようと思ったが…、
ヤツは、無反応…?!
「……ていっても、アンタはいつだって自分の気分次第でしょう?聞くだけ無駄じゃないの。」
「分かってんね。俺、天ぷら好き。」
どこまで…マイペースなの…?
んなことは…聞いちゃいない。
「例えば…」
「まだあるの?」
「何で昔の刑事ドラマの取り調べシーンでは、カツ丼が主流なのか、とか。天丼でも良くない?」
海老の衣を弄びながら…また、どうでもいいヤツの疑問に…イラっとする。
「テレビ局にその旨をお伝えしたら?天丼好きな刑事もいます、って。」
「………そうする。」
微妙な間が……
二人の間を流れた。
「……例えば、」
「………………。」
「……例えば…、互いに久しぶりの再会なのに、全く目も合わせないヤツがいるとする。」
「…………………。」
「取り調べでもしないと、挨拶すらできそうにないとき。…そんな時の、対処法は?」
「…………。ごめん。」
「は?」
「アンタでも、そーいうの気にするんだね。だから、一応…ごめん。」
「同期と言っても…こっちは警部補。そっちは…巡査部長。上司に挨拶しない部下って…頭に来ない?」
ニッコリと笑った…柏木は。
キレイな弧を描いた瞳の奥に…怒りの炎を点しているのか…?
いずれにせよ、階級社会である、この世界…。
どちらが優位に立っているのか、それは……
昔と変わらないもので…明白でもあった。
「じゃ、用は済んだし、また後で。」
言い返す言葉を持ち合わせていなかった私は…、
天丼をもって、本当に席を移動してしまった柏木を…睨み付けて。
けれど…、同じ刑事第一課に所属する者として、苦くも連帯感を…育んでいかなければならない、と。
精一杯の義理で応える他…なかった。
「これから、宜しく…お願いします。」
ヤツは…憎たらしいくらいに爽やかな笑顔で、
「こちらこそ。」って……
振り返った瞳が……挑戦的に、そう語っていた。
ああ、一体この男…、何を考えているの?