恋の捜査をはじめましょう
さっさと食べるつもりが、ヤツのせいですっかり遅くなってしまった、と、ややペースを早めカレーを掻き込むようにして…口に含めると。
カレー定番の相方・牛乳で、喉の奥へとおし流す。
自分のペースを乱されるのは、好きじゃない。
不器用ゆえ、臨機応変に対応する術を持ち併せてはないから…、だ。
ふつふつと沸き上がってくる苛立ちと、それから…忍び寄る嫌な予感を払拭させるが如く、私はペーパーナプキンで口元の汚れを綺麗に拭い取ると。
すっかり空になったお皿を、返却口へと…運んだ。
「時子さん、ご馳走さまでした。」
忙しそうに動き回る時子さんが手を止めて、くるりとこちらへと振り返ったけれど…いつもの「お粗末様」の台詞はない。
かわりに、
「こちらこそ、ごちそうさま!」
などと…珍回答。
「あの…?」
「潤ちゃん。……いよいよ春が来たのねえ?」
「…エ?はあ、まあ、4月ですから。」
「そうじゃなくて、いいオトコ、捕まえたじゃない。何処で逮捕したの?」
「……ハイ?」
「一緒に食事していたでしょ?新顔さんだね。」
「……時子さん、何か誤解してませんか?」
「潤ちゃんと同じ歳くらいでしょ?お似合いだったなあ~。」
「イエイエ、あり得ませんから。ヤツは……。…いや、彼は異動してきたばかりの刑事課の人で、私の……」
「『私の』?」
心なしか、時子さんの瞳が…キラキラと輝いてみえる気がする。
ここで、同期生だったとか、知人であると言えば。
更なる追及を浴びせられてしまう可能性がある。
「……私のデスクに極めて近い場所に座っている人です。」
「あらそう…?親しげに見えたんだけどね。」
「そりゃあ異動初日ですし、一人で色々と不安もあるでしょうから…親切にしないと。」
と、ここまで言ってから…ハッと後ろへと振り返る。
さっきから、背後に気配を感じると思ったら。
そこには…トレーを持ったまま突っ立っている、柏木晴柊。
一体いつから、そこにいた?
「……邪魔。」
柏木はつっけんどんに一言そう告げて、私の肩をぐいっと押し退ける。
「……。すみません。えーと、てっきりもう戻ったものかと。」
「トイレに行っていただけです。」
「ああ…、そうでしたか。」
時子さんは私たちのやり取りを、ハラハラと言うよりはワクワクといった表情を浮かべて…見守っている。
「『一人で色々と不安』…ね。へえ、赤の他人にそんな気遣いが出来る女性って素敵ですよね、時子さん。」
「…ええ、まあ。」
名前を呼ばれ、ドギマギした時子さんをよそに、妖艶な笑顔を浮かべた柏木は…
「カレーを大口で頬張る『おひとりさま』でも、そんな余裕があるんだ?」
その小悪魔的なカオで、チクリと反撃の狼煙をあげる。
「………えっと。おふたり様、いつでも仲良く当食堂をご利用下さいね。」
「「イヤ、他人ですから。」」
ピッタリ揃った声にハッとして。
思わず…柏木の顔を窺うと、ヤツはきっと、この状況を大いに楽しんでいるのだろう。
「あ。今日からもう他人じゃあないか。」とそう言って、
目を三日月型に細めては…笑うのだった。