恋の捜査をはじめましょう

私の日常に……

ひとつ、変化が加わった。





「おはようございます!」

今日も…、少し早めの出勤。


通常勤務の際に、刑事第一課で一番乗りは…いつも、相原係長。
次いで、若手刑事の迫田くん。
その次、大抵、三番手が……私。

宿直の際は、多少の入れ替わりがあるものの…、基本はこの順番。


そう、
もう寝起きの悪い女なんかじゃない。
刑事課に所属して…10年以上。人がその習慣を変えるのには、もう十分過ぎるくらいの時間が…経っていたのだから。

実は…、この3人。朝のほんのたったの…5分程。
共通の日課を…持っている。

健康マニアの相原係長が、趣味で独自に情報収集した『健康体操』なるものを…実践する、といった謂わばマニアックな日課だけれども―…、侮るなかれ。

迫田君こそ、初めは巻き込まれる形でやらされたものの…、若手中心に、ハマる者…続出。
休憩時間等に妙な動きをする一課の人間がいるとしたら、おそらく…コレが原因。



『長老』が、長老たる由縁、と。署内で密かに囁かれているから…相原係長の腕がなるって訳だ。



さて。
この日、3番手で出勤した私は…、相原係長指導のもと、『腰痛に効果のある気功』なるものに…挑戦。

腹式呼吸をしながら。ゆっくりと…。
正面に伸ばした腕を…左右同時に掻き分けるようにして、身体の横に持っていく。

それから…、地の気を掬うようにして――…


………、と、一連の動作を行う途中で。

部屋のドアノブが…ガチャリと音をたてた。



「…………………。」


入り口の前で、無言で立ち尽くす…柏木。

わざとなのか、そうじゃないのか…、ヤツはドアの外側にある、『刑事第一課』の表示をわざわざ再確認してから。

部屋へと1歩…踏み入った。


「………おはようございます。」

3人ピッタリ揃った、変なポーズを目の前にして。
柏木は…ごくごく普通に挨拶の言葉を述べるが…、ノーリアクション且つ、ポーカーフェイス。

コレについて、ほぼスルー状態で…自分のデスクへと向かう。


「鮎川、立位!…崩れてるぞ。」

「あ。はいっ!」

余りにも無関心過ぎじゃないかと…、つい、ヤツの行動に目を見張る私に。

相原係長のご指導が…入ってしまう。


柏木が自身の所持品を黙々と整理する間。

もしかして、見られてるんじゃあないかと気になって。ついつい、チラっと背後を確認してしまうが…、
当然の如く、自意識過剰だったのか…
ヤツは、こっちに目をくれることもなくて。

神経をすり減らすだけ…だいぶ無駄であった。




来る日も、来る日も、

柏木は……それから。
早目に出勤して来ては…特に何か目立つことをするでもなく。

ただ、同じ空間で一人……

そこにいる。


私の立ち位置からは。
窓ガラスに映りこむ…ヤツの後ろ姿が見えた。

広い背中に…、
襟足がちょっぴり跳ねた…黒髪。

ぼんやりと…誰かに似ている、と思ったのは。
その日、たった1日だけで…。
あとは…、柏木晴柊の後ろ姿の定義へと化した。


日差しが強い日は…それが余り見えなくて。
反対に…、雨の日はハッキリと見えて。

私は何となく、ぼうっと…眺める。



出勤前の天気予報が…少し気になる。

そんな…日常が、当たり前になった。

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