恋の捜査をはじめましょう
「間に合うかな…。」
時計を見ながら、気持ちばかりが焦る日曜日。
この、大雪の中・・・。
ワインレッドの軽自動車を運転する私は…慎重にハンドルを握って、集中を研ぎ澄ます。
道幅が狭い通り。
「ここ、事故多発道路だったっけ…。」
小さく呟いて、はあっとため息をつく。
致し方無いとわかっているのに、この亀運転に・・・妙にいらついていた。
車体が揺れて、隣りから…ドサリ、と。何かが落ちる音がした。何、と言っても…1つしかない。助手席に置いていた、洒落っけも何もない鞄だ。
その・・・たった数秒後。私は思わず、目を見開いた。
なぜなら、前からやって来る対向車がハンドルをとられているのか、右へ左へと進路をさ迷いながら…突き進んでくるのだから!
頭の中で…、警告音。条件反射で、慌ててブレーキを踏みつける。
何度も、何度も、細かく。
ガ…ガ…、と音を立て、タイヤが路面と格闘するが・・・。
次の瞬間、「ガシャンッ!」と大きな音が二回。
「………。『厄』よ……。君は私から離れてもくれないのか…。」
助手席の足元には……、転げ落ちた鞄から放り出されて横たわる例の白い封筒。
私は大きく息を吐いて、ハザードを点灯させると・・・軋むドアを開いて、すぐさま銀世界へと飛び出した。
途端に、きり、きり、と乾燥した空気が肌を擦るようにして・・・通り過ぎていく。
『これが現実の出来事なのだ』とまるで戒められているようだった。
路面凍結による正面衝突事故と、その事故を咄嗟に避けようとして雪壁へと衝突した、後続車の自損事故。私の身に起きたのはその後者ではあるが・・・、今、自分のことを構っている暇などない。
携帯を取り出して、数字をタップしようとする指先の動きが…妙にぎこちない。
この寒さでかじかんでいるのだ、と思いたいのだが…多分、違う。
昔からの悪い癖だ。
緊張が高まると…、、そう。
思考も、指先さえも、上手く機能しなくなる。
私は不器用なソレを、無理矢理動かして…電話をかける。
それとほぼ同時進行に、前の車の中を覗き込んだ。
運転手は…、中年の女性。まだ、状況を把握しきれていないのか、それとも…ショックからか。ただ、目をこじ開けて…口を少し開けたまま、放心していた。
ドアを叩いて、声を掛ける。
「今、事故車の運転手の容態を確認します!」
電話口でゆっくりと問い掛けてくる救急隊員とは真逆に。やや早口で・・・答える。
車内の様子は・・・
作動したエアバックが…萎んで、力なく垂れ下がっている。
「大丈夫ですか?!」
片手で歪んだドアを開けようとするが…、なかなか開かない。
苛立ちながら、声を掛け続ける。
すると・・・、だ。
「避けて下さい。」
その声は。やけに落ち着いた…低い声であった。
ニット帽にマスク、といった出で立ちの、一人の若い男性が、私と車の間に身を滑らせて……、一瞬にして、それをこじ開けてくれた。
私が動くよりも…早く、開かれたドアの前で身を屈め、そのお兄さんは、直ぐさま運転手の容態を確認した。
「救急車に連絡は?」
ハッキリとした口調で、彼は私へと…そう告げる。
「今、繋がっています。」
「あと、ハンカチか何か持っていませんか?」
シートの上には、鮮血が…滴り落ちていた。
その、鮮やかな赤は。
運転手の腕から…どんどん、どんどん、溢れ出ている。
私は、慌てて車へと戻り、未使用のハンカチを鞄から取り出して来ると。
「こっちは、私に任せて下さい!」
彼にそう断った後、怪我人の女性と向き合う。
「運転手は女性。右腕に大きな裂傷、出血あり。今から止血します。意識はありますが、動揺し喋れる状態ではありません」
耳と肩に携帯を挟み、電話しながら・・・
ハンカチを傷口へとあてると……その上から、グッと力を入れて、圧迫し始めた。
「誰か!すみません」
近くの通行人に助けを求め、それから・・・周囲の状況を見渡した。
すると……、どうだろう。
「待って!」
車を開けてくれたあのお兄さんは、そう叫ぶのと同時に。
一瞬にして――…その場を駆け離れて行った。
その、後ろ姿…。
ニット帽から、少し癖のある襟足が…ピョン、と跳ね見えていて。少し…可愛らしい。
彼は…、逃げようとする対向車側の運転手を制止させると、何やら…話をしている。
運転手は私よりも、多分…お兄さんよりも、もっと若い男性。
そわそわと落ち着きがないものの…その人は、怪我は…ないらしい。
戸惑いの表情ばかりを…浮かべて。
きまりの悪そうな…様子。
男の乗っていた車は…、どうやら大した破損はないようだった。
それから、県内ナンバー…。
「…………。」
少しだけ……違和感。
「大丈夫ですよ、大丈夫。ゆっくり呼吸してください。」
今更ながら高まる鼓動を、鎮めようと…、女性を励ましながら…深呼吸をした。
周囲を見ると……後続車がどんどん増えて。
それに伴うようにして、人が沢山集まって来ていた。
時計を見ながら、気持ちばかりが焦る日曜日。
この、大雪の中・・・。
ワインレッドの軽自動車を運転する私は…慎重にハンドルを握って、集中を研ぎ澄ます。
道幅が狭い通り。
「ここ、事故多発道路だったっけ…。」
小さく呟いて、はあっとため息をつく。
致し方無いとわかっているのに、この亀運転に・・・妙にいらついていた。
車体が揺れて、隣りから…ドサリ、と。何かが落ちる音がした。何、と言っても…1つしかない。助手席に置いていた、洒落っけも何もない鞄だ。
その・・・たった数秒後。私は思わず、目を見開いた。
なぜなら、前からやって来る対向車がハンドルをとられているのか、右へ左へと進路をさ迷いながら…突き進んでくるのだから!
頭の中で…、警告音。条件反射で、慌ててブレーキを踏みつける。
何度も、何度も、細かく。
ガ…ガ…、と音を立て、タイヤが路面と格闘するが・・・。
次の瞬間、「ガシャンッ!」と大きな音が二回。
「………。『厄』よ……。君は私から離れてもくれないのか…。」
助手席の足元には……、転げ落ちた鞄から放り出されて横たわる例の白い封筒。
私は大きく息を吐いて、ハザードを点灯させると・・・軋むドアを開いて、すぐさま銀世界へと飛び出した。
途端に、きり、きり、と乾燥した空気が肌を擦るようにして・・・通り過ぎていく。
『これが現実の出来事なのだ』とまるで戒められているようだった。
路面凍結による正面衝突事故と、その事故を咄嗟に避けようとして雪壁へと衝突した、後続車の自損事故。私の身に起きたのはその後者ではあるが・・・、今、自分のことを構っている暇などない。
携帯を取り出して、数字をタップしようとする指先の動きが…妙にぎこちない。
この寒さでかじかんでいるのだ、と思いたいのだが…多分、違う。
昔からの悪い癖だ。
緊張が高まると…、、そう。
思考も、指先さえも、上手く機能しなくなる。
私は不器用なソレを、無理矢理動かして…電話をかける。
それとほぼ同時進行に、前の車の中を覗き込んだ。
運転手は…、中年の女性。まだ、状況を把握しきれていないのか、それとも…ショックからか。ただ、目をこじ開けて…口を少し開けたまま、放心していた。
ドアを叩いて、声を掛ける。
「今、事故車の運転手の容態を確認します!」
電話口でゆっくりと問い掛けてくる救急隊員とは真逆に。やや早口で・・・答える。
車内の様子は・・・
作動したエアバックが…萎んで、力なく垂れ下がっている。
「大丈夫ですか?!」
片手で歪んだドアを開けようとするが…、なかなか開かない。
苛立ちながら、声を掛け続ける。
すると・・・、だ。
「避けて下さい。」
その声は。やけに落ち着いた…低い声であった。
ニット帽にマスク、といった出で立ちの、一人の若い男性が、私と車の間に身を滑らせて……、一瞬にして、それをこじ開けてくれた。
私が動くよりも…早く、開かれたドアの前で身を屈め、そのお兄さんは、直ぐさま運転手の容態を確認した。
「救急車に連絡は?」
ハッキリとした口調で、彼は私へと…そう告げる。
「今、繋がっています。」
「あと、ハンカチか何か持っていませんか?」
シートの上には、鮮血が…滴り落ちていた。
その、鮮やかな赤は。
運転手の腕から…どんどん、どんどん、溢れ出ている。
私は、慌てて車へと戻り、未使用のハンカチを鞄から取り出して来ると。
「こっちは、私に任せて下さい!」
彼にそう断った後、怪我人の女性と向き合う。
「運転手は女性。右腕に大きな裂傷、出血あり。今から止血します。意識はありますが、動揺し喋れる状態ではありません」
耳と肩に携帯を挟み、電話しながら・・・
ハンカチを傷口へとあてると……その上から、グッと力を入れて、圧迫し始めた。
「誰か!すみません」
近くの通行人に助けを求め、それから・・・周囲の状況を見渡した。
すると……、どうだろう。
「待って!」
車を開けてくれたあのお兄さんは、そう叫ぶのと同時に。
一瞬にして――…その場を駆け離れて行った。
その、後ろ姿…。
ニット帽から、少し癖のある襟足が…ピョン、と跳ね見えていて。少し…可愛らしい。
彼は…、逃げようとする対向車側の運転手を制止させると、何やら…話をしている。
運転手は私よりも、多分…お兄さんよりも、もっと若い男性。
そわそわと落ち着きがないものの…その人は、怪我は…ないらしい。
戸惑いの表情ばかりを…浮かべて。
きまりの悪そうな…様子。
男の乗っていた車は…、どうやら大した破損はないようだった。
それから、県内ナンバー…。
「…………。」
少しだけ……違和感。
「大丈夫ですよ、大丈夫。ゆっくり呼吸してください。」
今更ながら高まる鼓動を、鎮めようと…、女性を励ましながら…深呼吸をした。
周囲を見ると……後続車がどんどん増えて。
それに伴うようにして、人が沢山集まって来ていた。