恋の捜査をはじめましょう
火災現場は、だだっ広い駐車場を有した24時間営業の…ラーメン店だった。
大きい平屋の一戸建て。

道路を挟んで向かい側には住宅が幾つか並んでいる。


そこには、既に沢山の野次馬や…テレビ関係者、新聞記者等で溢れていて…、警備にあたっていた地域課の警官に誘導されて、私達が乗る鑑識車両は、ようやく…テープが張り巡らされたその外側へと…停車ことができた。

「お疲れ様です。」

顔見知りの消防署員に挨拶を交わして、消火活動中の状況、現状とを確認する。

……と、その傍らで――…

ある男の視線に…気づいてしまった。


「………。おはようございます。…柏木さん。そんなに視姦しないで下さい。」

「………随分とまた、冴えたご挨拶だな。…朝からご苦労様。」

男の鋭い眼光が…私に襲いかかる。


「お陰様で…寝起きが良かったものですから。そちらこそ、現場保存お疲れ様です。随分と早いお着きで。」

「こっちは宿直だったんだよ。誰かさんと違って夢見る暇もなかったっての。」

「…………。」

この、憎まれ口を叩くのは…

同じく、刑事第一課強行係の刑事…柏木 晴柊(セイシュウ)。

奇しくも…同い年。警察学校時代の…同期。
巡査部長で主任と呼ばれる私と、かたや…警部補で係長を務める柏木と。

何の因果か、ヤツが今年よりこの地に赴任したことで…微妙なライバル関係が、再発。

甘く、整った顔立ちとは裏腹に、人を射ぬくような…鋭い眼光と、無駄にデカい身体は…威圧感さえ感じるようになった。貫禄がついた、とでも…いうのだろうか。

若い巡査らをまとめ上げる器量だけは…それなりに、買ってるつもりだ。

「ああ…、この出会いが、厄の象徴だったのね。」

ぶつぶつと呟く私に、
「あ?」
ヤツはイラッとした様子を見せたけれど…。

微妙な距離の保ちかたは、弁えている。
立場と節度の…兼ね合い。

他人から見て、なあなあな関係になっていては…いけない。

イチ警察官として、公人としての、ポリシーだ。




それ以上のやり取りは不要だと思ったのか…

「検証早いとこ済ましたいな。本部が動くの待ってるだけ、時間が無駄だっての。」

まるで、『急げ』とでも言いたげに、軽く腕組みをし…まだ訪れぬ、己の出番を待つ。

ヤツは、明らかに…苛立っている。


まるで…放火であることを確信をしているかのように、現場を見据える…強い眼差し。

「……分かった。」

いけ好かないのに…人を惹き付けるくらいの、何かが…この男には、ある。


「あ。」

「『あ』?」

「……柏木さん。後ろ…。」


ヤツの背後から…、二つの影が近づいて来ていた。


私の視線を追って、柏木は後ろへと振り返る。


「ご苦労様です。」

現場で聞き込み調査等を行っていたと思われる機動捜査隊の隊員2名が、こちらに気づいて…揃って労いの言葉を…掛けて来たのだった。

その、何ともタイミングの悪い登場に…、
ぎょっとしたのは、多分…私だけ、だったのだろう。

『口は禍のもと』。
今の柏木の発言を、聞かれていようものなら…立場上、どうにも分が悪い。

彼らは、担当地域で発生した事件の初動調査に駆けつけるのが…職務であるが、

まさに、本部に属する…人間でもあるから。


とは言え、顔馴染みでもあれば、何一つ気まづい関係性でもない。

それに、ヤツは常に…冷静だ。

「お疲れ様です。」

まるで何事も無かったかのように、物怖じせず…堂々かつ、丁寧に…挨拶を交わす柏木の姿は…敬服に値するものだった。



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