恋の捜査をはじめましょう
出火箇所は…、住居として使っている、奥の一室に…間違いなさそうだった。
北と西に窓がある…日当たりの悪そうな部屋。
一目瞭然…、だった。
店舗や厨房は1部損焼。大きな平屋全体の…70%程度の被害と思われる。
全焼…までは行かぬが、失ったものは大きいものであろう。
この家にあった物と、間取りと、あらゆる可能性を絞り出して…今度は出火原因を探る。
消防や機動捜査隊の話によると、出火当時、店は休業。
ここに住む店の主人、その…奥さん。それから、主人の母親は旅行へ出て…留守であったこと。
通報は…通り掛かった者からなのか、公衆電話からによるものだったことは…分かっている。
部屋に置かれた石油ストーブ。その上に…ロープを張って、タオルや靴下、肌着などの小物を干していたそうだ。但し、それは…出掛ける前までの話。部屋は、家主の母親…。家族に『婆さん』と呼ばれるおばあちゃんが、使用。洗濯物は皆…おばあちゃんの物。
彼女は極度の心配性で、火元は必ず2回は確認してから外出すると言う。
そんな、証言が…上がっていた。
機動捜査隊員たちは…先程の見解では、「完全にシロでしょう。」と、既にこの一件を…単独の民家の火事だと判断している。
一方で――…
「…………。」
無言を貫き、ひたすら腰を屈めてうろつく…一人の男の姿が…あった。
「……。相原係長、何してるんですか?」
「……ん?釘をちょっとな。拾ったところだ。」
「はあ…、釘、ですか。」
「『焼け跡の釘拾い』などと言ってくれるなよ?」
「…………?」
「小さなもんでも無駄なものなどない。我々にとっては…それら全てが宝になり得る。」
そんなことを呟きながら、今度は、顔を上に向け、ない背をいっぱいに伸ばしているのだが…?
「……係長。何か…取りたい物でも?肩車でもしましょうか?」
「馬鹿にしたな?普通逆だろう。お前が俺に乗れ。」
「係長の方が身軽じゃないですか。『長老』の腰を折る訳にはいきません。」
「ほー。こちらとて嫁行き前の娘をキズ物にはできないな。」
「…………。嫁には行けなくなったので心配無用です。」
「………。振られたのか?あの男に。」
「………いや、こっちから別れを。」
「逃した魚はデカかった。なんて…後悔しても知らんぞ。」
「………。」
「まあ、爺の老婆心だ、気にするな。」
「老いを二重に出して来ないでください、かえって気になります。」
「爺が相手だと、手加減しようものなら…侮るなかれ、……ホレ、お前が乗れ。」
「……失礼します」
身を屈めた相原係長の肩に乗って…
高い位置にある、ある物を…確認する。
ロープを張る際に、部屋の一角に取り付けた…ネジつきの丸型フック。
――…と、証言されていた筈の…
「あれ?フックじゃなくて…、『釘』ですね。」
「そうか、ならば…主人の思い違いか。先程の釘は…、もう一方の釘が落下したものだろう。」
焼失したものもあれば、必ず残された物もある。
たとえ小さな物でも、それを見逃しては…解決できたかもしれない事件を、迷宮入りさせてしまうおそれもあるのだ。
「……よく残っていたな」
「しっかりと固定されていたようです。」
「……ご苦労。」
ロープを張っていた、という…被害者の証言が、これで証明される。
「一方の釘が弛んで…ロープもろとも、洗濯物が落ちたんでしょうか?それとも、熱による上昇気流が…洗濯物を扇いで、それらがピッチから外れた可能性も。けど…、ピッチにしっかり留めていればそれは稀でしょうが。」
「いや、よくある火災原因の1つだ。そういった事例もある。それに、年取ると腕がうまく上がらないからな。握力も落ちるし、留め方が中途半端になっていたかも分からない。」
「係長が言うと、信憑性が濃くなります。」
「………………。」
「……失礼しました。では、捜査の続きを。」
肩車なんて、ほんの小さい頃に父親にしてもらった以来ではないだろうか。
私は小さく咳払いして、『父』の存在を、横に感じながら…
捜査に没頭するのであった。
北と西に窓がある…日当たりの悪そうな部屋。
一目瞭然…、だった。
店舗や厨房は1部損焼。大きな平屋全体の…70%程度の被害と思われる。
全焼…までは行かぬが、失ったものは大きいものであろう。
この家にあった物と、間取りと、あらゆる可能性を絞り出して…今度は出火原因を探る。
消防や機動捜査隊の話によると、出火当時、店は休業。
ここに住む店の主人、その…奥さん。それから、主人の母親は旅行へ出て…留守であったこと。
通報は…通り掛かった者からなのか、公衆電話からによるものだったことは…分かっている。
部屋に置かれた石油ストーブ。その上に…ロープを張って、タオルや靴下、肌着などの小物を干していたそうだ。但し、それは…出掛ける前までの話。部屋は、家主の母親…。家族に『婆さん』と呼ばれるおばあちゃんが、使用。洗濯物は皆…おばあちゃんの物。
彼女は極度の心配性で、火元は必ず2回は確認してから外出すると言う。
そんな、証言が…上がっていた。
機動捜査隊員たちは…先程の見解では、「完全にシロでしょう。」と、既にこの一件を…単独の民家の火事だと判断している。
一方で――…
「…………。」
無言を貫き、ひたすら腰を屈めてうろつく…一人の男の姿が…あった。
「……。相原係長、何してるんですか?」
「……ん?釘をちょっとな。拾ったところだ。」
「はあ…、釘、ですか。」
「『焼け跡の釘拾い』などと言ってくれるなよ?」
「…………?」
「小さなもんでも無駄なものなどない。我々にとっては…それら全てが宝になり得る。」
そんなことを呟きながら、今度は、顔を上に向け、ない背をいっぱいに伸ばしているのだが…?
「……係長。何か…取りたい物でも?肩車でもしましょうか?」
「馬鹿にしたな?普通逆だろう。お前が俺に乗れ。」
「係長の方が身軽じゃないですか。『長老』の腰を折る訳にはいきません。」
「ほー。こちらとて嫁行き前の娘をキズ物にはできないな。」
「…………。嫁には行けなくなったので心配無用です。」
「………。振られたのか?あの男に。」
「………いや、こっちから別れを。」
「逃した魚はデカかった。なんて…後悔しても知らんぞ。」
「………。」
「まあ、爺の老婆心だ、気にするな。」
「老いを二重に出して来ないでください、かえって気になります。」
「爺が相手だと、手加減しようものなら…侮るなかれ、……ホレ、お前が乗れ。」
「……失礼します」
身を屈めた相原係長の肩に乗って…
高い位置にある、ある物を…確認する。
ロープを張る際に、部屋の一角に取り付けた…ネジつきの丸型フック。
――…と、証言されていた筈の…
「あれ?フックじゃなくて…、『釘』ですね。」
「そうか、ならば…主人の思い違いか。先程の釘は…、もう一方の釘が落下したものだろう。」
焼失したものもあれば、必ず残された物もある。
たとえ小さな物でも、それを見逃しては…解決できたかもしれない事件を、迷宮入りさせてしまうおそれもあるのだ。
「……よく残っていたな」
「しっかりと固定されていたようです。」
「……ご苦労。」
ロープを張っていた、という…被害者の証言が、これで証明される。
「一方の釘が弛んで…ロープもろとも、洗濯物が落ちたんでしょうか?それとも、熱による上昇気流が…洗濯物を扇いで、それらがピッチから外れた可能性も。けど…、ピッチにしっかり留めていればそれは稀でしょうが。」
「いや、よくある火災原因の1つだ。そういった事例もある。それに、年取ると腕がうまく上がらないからな。握力も落ちるし、留め方が中途半端になっていたかも分からない。」
「係長が言うと、信憑性が濃くなります。」
「………………。」
「……失礼しました。では、捜査の続きを。」
肩車なんて、ほんの小さい頃に父親にしてもらった以来ではないだろうか。
私は小さく咳払いして、『父』の存在を、横に感じながら…
捜査に没頭するのであった。