恋の捜査をはじめましょう
冬の空は、高い。
何処で聞いたのか、何故そう思うのか、
それは―…、澄んだ空気が…そうさせているのか?
刑事一課、その部屋を出た、通路の窓の外には…満天の星空。
それを眺めながら。
私は、携帯を片手に…電話の先から聞こえる声に…耳を傾けていた。
『物騒な世の中になってるなあ…。まあ、こっちの心配は要らねえよ。』
ちょっと口の悪い、しゃがれた声。
無駄にボリュームの大きいそれは、男気たっぷりで…包容力ある、父の声。
どっしりと構えた一家の大黒柱。
一緒に住んでいる頃には、うっとおしいと思ったこともあったけれど…
いざ離れると、その存在は、どこまでも頼もしく…感じられる。
「……ん。お母さん、たまーに火かけっぱなしにするからさ。気を付けてやって。」
『ハイハイ。お前こそ、体壊したりなんかするんじゃねえーぞ?母さんの心配の矛先は、そこに尽きるんだからよ。……じゃ、わざわざ電話どうもな。』
「うん。何か変わったことあったら連絡頂戴ね。じゃ…、おやすみなさい。……あ!ガスの元栓!」
『おうおう、うるせーよ、わかってら。』
「あと、灯油のポリタンクは?」
『玄関内に置いてる。』
「オッケー。最近は警察官舎でも玄関外に出して置く若い人が多いんだって、相原係長が警鐘鳴らしてた。ご近所さんにも注意喚起を。」
『はいよ。出たな、『係長』信者め。』
ケタケタと笑い声を立て、「じゃあな」と短い挨拶を述べると。
父の声は…、ここで、途切れた。
ここ、実家のある街で続く…不審火。
心配じゃないと言えば嘘になる。
けれど…、公務中。
捜査中のことは、例え親族であろうと、口外することは…許されない。
家族の元へ駆けつけたい時だって…、重要事件発生時や災害時には。それすら…出来ない。
解っているから、私は私に出来る精一杯で…大事な人に伝える。
ちゃんと、繋がっているんだよ、って――…。
電話を切って暫くして。
誰かに肩をポン、と叩かれた。
「……!相原…係長。」
「実家の親父さんに電話か?」
「……ハイ。」
「お前の地元だからな、心配なんだろう?世が物騒だからな。」
あ。今の言い方、お父さんに似てる…。
「……最近全然顔も出してないので…。」
「家族には、マメなんだな…?」
「………。」
家族『には』?
「お前も早く帰って休めよ?便りがないのは元気な証拠ってのは…一理あるけどなあ~、大事な存在には、ちゃあんと声を聞かせてやることが一番の便りになる。……おっと、俺が言うなよってな。」
係長はおどけたように失笑して、それから…私にくるり、と背を向けた。
「ご苦労様。」
生真面目な背中が…ちっちゃく見える。
いや、実際そう広くはないのだけれど……。
「………係長!」
「……ん?」
彼の足が…ピタリ、と止まる。
「お疲れ様でした。今日は係長も晩酌しないで寝て下さいね。」
「………。そんな体力は、ない。阿呆だな。」
「深酒した時は、たまにだったら起こしてあげますから。」
「お前が言うな、お前が。」
「ですよね、失礼しました。……じゃあ…、おやすみなさい。」
「………。…ああ。」
狭い通路に…、ひた、ひた…と、係長の足音だけが…静かに響いていた。