恋の捜査をはじめましょう
そうだ、
そうだった…。
あの日、視界の悪い…大荒れの日。
たまたま通りすがった…通行人・柏木による、迅速な行動で…事故と事件の両面で…世話になった。
あの時は…、深く被ったニット帽に、マスク姿。
誰とも判別つかないような出で立ちで…、後にカミングアウトされるまで、その正体に気づくことも…出来なかった。
「………。あ。あの時、アンタまさか……完全防寒してた訳?」
「そういうこと。」
「それはそれは…お寒い中、プライベートでご苦労さんでした。」
「………。……それだけ?」
「……は?」
「……今日、めちゃくちゃさみー上に、このあと、張り込みなんスよね。体力温存しないと。」
「……………。」
いくら…鈍いと言われる私とはいえ、これが、催促であろうことは…何となく、わかる。
でも、それって。
それこそが、
プライベートな時間になるんじゃあ…ないの?
「柏木係長。車に…乗って行かれますか?」
私は……それでも迷わず、そう…口走っていた。
わざわざ『係長』と呼ぶには。
自分の真相心理を隠すための…云わばカモフラージュだ。
こうでもしなければ、さっきの催促を…丸ごと冗談にされて。
断られるんじゃあないかって…思ったのだ。
しかし、ヤツは…予想外の変化球で言葉を投げ返して来た。
「お。珍しく…気が利くな。…そうさせてもらう。」
「………。」
「腹もへったし、ついでに何処か旨い店まで連れてって。」
「…………。」
「…あれ、あん時の借りを…返してもらおうか。」
「え。」
「…ダメ?」
待って。
それって…仕事の延長上?
まるでそれは…試されているかの如く…、ヤツはニコリと笑って。
私の返事を…待っている。
「………乗ってけ、ドロボウ。」
心臓が、バクバクと…音を立てている。
私の平穏・平和な日常を奪うことに関しては、ヤツは…天才か。
自分の車に…柏木が乗るって違和感。
それは、二人きりの車内を…大変気まずくさせた。
言葉を掛けるきっかけを…探すけれど、上手く、出て来ない。
普段どうやって会話していたのかが…寧ろ、疑問であった。
「………お前、タバコ…吸うんだっけ。」
じっと前を向いたまま…
いよいよ柏木が、口を開いた。
「……いや、私は吸わないけど…。」
「少し、ヤニ臭い。」
「ああ、ゴメン。灰皿置いたままだったから…。」
ドリンクホルダーに置いた、ポータブルの灰皿に目をやって。一応…謝ってみる。
吸わない人にとっては、敏感に感じとる…嫌な臭いなのだろう。
「……誰か、吸うヤツいるんだ?」
「え。……ああ、まあ…。」
居たよ、確かに…。
置いておくきっかけになった人が…、居た。
「相原係長、よく乗せるし。」
素直に…元カレだって、そう言えば…いいのに。
決して嘘じゃあないけれど、ナゼか…言えなかった。
間がもたないんじゃあないかと…危惧した私は、ここぞとばかりに オーディオへと手を伸ばす。
毎度、おなじみの…アラサー特集。
「……あれ?」
「……どうした?」
「今日は…順調だ。」
「……は?」
「この前、相原係長を乗せて…署に向かった時、調子悪かったんだよね。音楽はとぶし…。でも、傷ができたとかじゃあ…ないんだ。オーディオが悪いのかなあ…?」
「…………。……それって…、いつ?」
「ええと…、ラーメン屋の火災で招集入った時。」
「……。へー…。あと、何か変わったことは?」
「え?それくらい…だと思うけど。ああ、相原さんに聞いてみてよ。」
「……ふーん。…なあ、俺もタバコ吸っていい?」
「……どうぞ?」