恋の捜査をはじめましょう


ライターで火をつける音が…カチリ、と。
やけにはっきり…耳へと、届いた。


柏木が…タバコを吸うって、それこそ…知らなかった。

ムカつくけど、様になるのだろうなあ…なんて、ぼんやりと考えながら。

決してそちらを見ず、窓を少し開けて…
ヤツの吐く吐息の音に、また、耳を…傾けるのだった。

しかし、人の呼吸って、こんなに…気になるモノなのか?

ヤツの存在を知らしめる…それに。
次第に意識が…集中して。

とうとう、横目で…
助手席の方を、チラ見する。


「…………!」

しまった!
目が合って…しまった。


「アンタさ―…、嘘、下手だね。」

「嘘って…何?」

鋭い…視線。

まるで被疑者を追い込むような、オトシにかける時の…刑事の、瞳。


柏木は…、手に持った灰皿に、手慣れた感じで…灰を落とし入れると。

「俺なら、ちゃんと証拠隠滅するけどな。」

視線を…ソレに下ろす。


「鑑識のクセに、詰めが…甘いんだよ。」

「……え?」


やましい事がある訳じゃ…ないのに。
目の前の信号が、赤に替わったことに。焦燥感を…覚える。

柏木は灰皿にタバコを押し付けて、火を…消すと。
蓋を閉めた直後に、私にそれを…手渡してきた。


「相原さんのと、銘柄が…違う。」

「………!」

「最近、禁煙してるって…言ってたっけ。裏は取ってる。」

「……さすが…ですな。」

そう言えば最近、ここで吸う事が…なくなってたかも?

つまり…、そこにあったのは…。


「で、次は気をつけないと。」

「……?何を?」

「男ってのは…、縄張り意識が強いから。」

「…………。」

「これは結構ムカつくって話。」

「……ふー…ん。覚えとく。」


恋愛指南…されたのか?
それとも、まさか……

「いや、ないでしょ~、ソレは。」

「は?」

「いえ、なんでもございません。気にするなかれ。」



真剣に受け答えするより、こうして軽口叩き合う方が…幾分か楽だった。

だけど…

それは、間違いだったのか?

横顔が少し…不機嫌に見えるのは、気のせいだと…思いたい。



信号が……青に変わる。

焦りが…アクセルを踏む、その加減に出てしまったのか、急発進した直後に…ヤツの檄が飛んだ。


「……っぶねーな。下手くそ。」

「うるさいなあ~、文句言うなら降ろすよ?」

「出来ない癖に。俺が遅れたら…捜査に支障が出るもんなあ~?アンタも道連れになる。」

「むむ…、おのれ、この腹黒…。ハゲろ。ハゲてしまえ。」

けど、ハゲたら……
あの、ピョンと跳ねた襟足とも、オサラバか。

ならば、頭頂部だけハゲろ。

「いっそのこと、アルシンド(※)になっちゃえよ。」

「ははっ、お前なあ…、年代バレるっての。」


柏木の顔が…、みるみる緩んでくる。

今までの緊張感が、嘘みたいに…
眉を下げて、さもおかしそうに笑う横顔に…

私は、ホッと胸を…撫で下ろした。








(※)アルシンド=アルシンド・サルトーリ。ブラジル出身のサッカー選手。1993年Jリーグ設立当事、鹿島アントラーズにて活躍。日本のアデランスのCMやメディアへの露出で人気を博し、当事小学生だったアラサーの方々にも、とても愛されたサッカー選手の一人。
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