恋の捜査をはじめましょう
「っしゃいませー!」
店員の威勢の良い挨拶に、柏木はにこりと笑って、軽く…アタマを下げる。
その、外面のよさと…普段の姿との、ギャップが凄い。
「ただ今混み合っておりますので…相席をお願いしております。あちらの席でよろしければご案内しますが…」
「構いません。」
これは本当に、デートとはほど遠いな、と思いつつ。
安堵する…自分がいた。
男姓のひとり客が座る、その隣りへと…案内されて。
柏木に倣って、そのお客さんへと…お辞儀をしてみた。
精一杯の…愛想を振り撒いたつもりだったけれど、相手はほぼ無表情で…首をつき出すような動作で、返された。
「で、何が旨い?」
「……んー…、前来た時は、普通の中華頼んだけど…味噌がオススメって聞いた。」
暫しの間、メニュー表と…にらめっこ。
「私、辛味噌にしよっかな。」
「辛いの好き?」
「うん。」
」
「……ふーん、でも、仕事中ニンニク臭くなんのもなあ…。」
柏木のごもっともな発言に…、ハッとする。
そうだ、このあと、またヤツと車に乗るんだから…
ニンニク臭漂わせるのは、女として…ダメだろう!
「まあ、いっか。鮎川それ食べたいんだろ。じゃあ、俺も。」
「……え。いいよ、私やっぱり中華にするし。」
「なんの遠慮?別に、食べたいの食べりゃあいいじゃん。」
「そーいう問題じゃあ、ないんですよ。」
私たちが、ああだこうだ…言い合っていると。
「この店、ニンニク抜き…いけますよ。」
黙々とスマフォをいじっていた隣りのお兄さんが…ぼそり、と呟いた。
「因みに、味もおちません。」
「……そうですか。スミマセン、ありがとうございます。」
大学生…くらいだろうか。
全体的にモノトーンな服、瞳が隠れるくらいの、長めの…前髪。
畳の上には、デカいリュック。
真面目そうな風貌から察するに、参考書やらが…たっぷり収納されていそうだ。
こりゃあ、うるさい客だと…思われていそうだけれども、親切にも…そう、教えてくれた。
先入観で判断してはいけないと、相原係長に言われたばかりじゃあないか。
一方の柏木は。
刑事として培ったコミュニケーション能力を…無駄に発揮し始める。
「お兄さん、もしや、常連ですか?」
「ええ、まあ…。」
「旨いって、評判ですもんね、ここ。」
「はあ。」
気のない…返事。
迷惑がられているのは、明白だけど…?
「どのぐらいの頻度でこちらにいらっしゃるんですか?」
「……柏木。そろそろ…注文…」
「大体…、月イチくらいですかね。味噌を食べたいときはここに。」
あら?ちゃんと答えるんだ?
「僕らもね、ここではないんですが…よくデートで行くんですよ。知ってます?昔、ここがその2号店だったらしいですけど、国道沿いのラーメン屋。」
待て、誰が…誰と行くって?
それに…柏木、プライベート、プライベート!
「はい、俺も中華食べたいときは…そこに。」
「そうなんですか、奇遇ですね。じゃあ、もしかしたらそちらでお会いしたことも…あったかもわかりませんね。」
「そうですね。」
「今度は…そっちで会ったりして。」
「そうかもしれませんね。」
お兄さんは、そこでようやく…顔を上げて。
ニコリと笑って見せた。
予想外にも、可愛らしい笑顔。
ここでようやく柏木は…注文の声を上げた。
「すみませーん!辛味噌二つ!」
「あいよ、辛味噌2入りまーす。」
本気で…辛味噌か。
色気も、なにも…ありませんな。