恋の捜査をはじめましょう
「……良かったじゃん。ずっと…待ってたんだろ?」
どうして、この状況で…「良かった」だなんて、アンタが…言うの?
八田はただ、私の怪我を気にして…それで、気遣って連絡をくれただけ。
それを…そう言われてしまったら、今、アンタに触れているこの手の行き場が…なくなってしまうじゃあないか。
「……今の…取り消し。ごめん、間違えた。」
「………ハ?」
思わず…、柏木へと、顔を向ける。
しまった、と思った頃には…手遅れだった。
視線と視線が絡まって…数秒。
柏木の瞳は、私を捕らえて…離さない。
ゴトリ、と鈍い音を立てて…
二人の足元に、さっきポケットに入れたはずの「瓶」が転がり落ちた。
「あ・・・」
それを拾おうと身を屈めた瞬間、ぐいっと腕を引っ張られ、動きを制されてしまう。
指先が、跳ねるようにピクリと…動いたけれど。柏木は、それに構う様子も…、ない。
瞳も、指先も、私を探るようにして…『柏木晴柊』、ヤツの全てをさらけ出すようにして。
ゆっくりと、その距離を…縮めていく。
肩のずっしりとした重みから、解放されたのに……
動くことは…出来なかった。
思わず、ゴクリ、と息を飲みこんだ音が…やけに大きく聞こえて、羞恥心で…蒸気が上がるくらいに、一気に顔が熱くなった。
柏木の顔が…、近づいて来る。
これから一体、何が…起きるのか?
私は、多分…その答えを、知っている。
「……柏木、あの…」
もう、互いの睫毛が触れてしまうほどの…数㎝の距離で。
柏木の動きが…ピタリと止まる。
「……何?」
全く刺もない…柔らかい声が、ヤツの息遣いが…聴こえる。
「……私………」
何を…口走ろうとしているのだろう。
緊張で、声が…上擦った。
「……私、」
このまま…流されて、いいのだろうか?
だって、ここは…私たちの職場。
24時間体制の、勤務中。
例え…誰もいないだろうと、仮眠を…とろうと、決して油断などしてはいけない、宿直の最中。
以前、柏木と宿直が重なった時に、この、同じ通路で…まさにアンタに、注意を受けたことがあった。
その、秩序も守らずに…世間様に顔向け出来るのか?
「『私』、……なに?」
「…………私、今日辛味噌ラーメン、食べてる。」
「……………。…………ハ?」
「ほら、アンタに貰ったカップ麺!夜食に…。」
「…ウン。だから?」
「だから……。だから……。臭いかも?」
「……そんなの、気にならない。」
苦し紛れの、逃げの台詞に…ヤツの艶っぽい口元が追い討ちをかける。
「でも、今…勤務中…。」
「……ウン。そーだな。」
「「………………。」」
この沈黙が…重い。
「……で?」
「え?」
「で、鮎川は何されると…思ってた訳?」
セクシーな唇、その両端を…きゅっと上げて。
ついには、プッと息を…吹き出す。
「……さすがは真面目な地方公務員。優秀じゃん。」
何がそんなに…可笑しいのか?
ケラケラと笑ってのける柏木の横顔に…、先程までの妖艶さなど、どこにもない。
もしかして私、アンタに…からかわれた?
「……酷いもんだね、乙女ゴコロを弄ぶなどとは…。そんなに可笑しいですか、そうですか。すみませんねえ、だいぶ御無沙汰なものですから。」
真面目に返答すればするほど、私が…惨めになるだろう。
こんなことにうろたえる程、少女でも、乙女でも…もう、ないのだから。
だから、精一杯の自虐ネタで……何でもないフリして。
アンタが、困るようなことは…言わない。
「『可笑しい?』違う違う、うれしーんだよ。」
「…え?」
「こんなんで簡単に絆されるようなタマじゃないって…、流されるヤツじゃないって…、確認できたから。」
「…………?」
「安心した。」
安心?……なぜ?
「お前はやっぱ、そうじゃねーと。それに、怪我人に手え出すようなマネはしない。」
「…………。」
「ついでに言うなら、辛味噌どうだのって…別に気にならないし、牽制にもなんねー。そもそも、一緒に食べる筈だったもんじゃん。むしろ共有して味わえば良くね?」
「……ちょっと…、アンタ若干エロい。」
「アホだな~お前。男ってのはそういうもんだって。前にも言ったろ?縄張り意識の強い生き物だ、って。」
「………。」
「だから……、簡単に捕まんな。」
「……はい?」
「大丈夫、御無沙汰だろうが何だろうが…その、生意気で達者な口を黙らせる相手、ちゃんといるし。」
「……………。」
「ここに、居るし。」
「………柏木…?」
「喧嘩上等。」
「……プッ…そっちの意味か。紛らわしいわ、ホント。…本当…、なんなのよ。反省せよ、そんでいっそハゲてしまえ!」