恋の捜査をはじめましょう
警察官として、刑事として、俺には、自分なりに……大切にしているものがある。
それは、自身の半ば人生観になりつつも…そうなっていることに気づいたのは、ごく最近のことだ。
事件の捜査は難航を極め、何度もスタートへと振り戻されて。細かく枝分かれしていく可能性を、取りこぼすことなく…詰めて、詰めて、事件の本質に…迫る。
大きい事件であろうが、小さい事件であろうが、そのスタンスは変わらない。
切り詰めるような…日々が。
毎日、繰り返されていくのだ。
けれど……
それが辛いばかりではないのが、俺にとっては…救いだった。
ヤツとは、時々会話を交わす。
決して頻繁に…話すわけではないけれど、話せば話したで…皮肉の言い合いになってしまうけれど、気を遣う必要もないから、一緒に居て楽だとは…思う。
全く話すらしないこともあれば…、視界の端に、いつのまにか、ヤツの存在が…あったりする。
それから…、ごく稀に。
視界の真ん中に…入り込んで来る時がある。
ヤツの目の中に、俺が映し出されている。
妙な安心感をもたらす…、一瞬の、出来事。
どんなに忙しくても、日常の中に…そんな、些細な楽しみがあれば。
それも悪くないっては…思うんだ。
捜査員が一同に会する…捜査会議。
前に立つ秋川管理官の顔に、焦りの色は…見られず、相変わらず冷静さを欠くようなことはない。
それに比べて……。
俺をはじめ、おそらく…所轄の捜査員の視線は、一点に絞られているだろう。
署長の椅子の…下。
そこから覗く、彼の足元が…、いつもよりせわしく、貧乏揺すりに勤しんでいる。
厳格な顔つきで相づちを打っているのに、苛立ちを…隠せないようだ。
一人ひとりに配られた捜査資料には、不審火発生箇所を示した地図が…載せられている。
俺は、管理官の話に耳を傾けながら…熟考していた。
資料の中には、先日署に送られて来た、犯行予告の文章…、それから、写真をプリントしたものとが…載せられていた。
地図が示してるのは、不審火発生地点が、徐々に…北上していること。
写真の方では…、辛うじて下部に写された、住宅の屋根が…、それが、先日の火災現場より撮影されたものであると、物語っている。
「……あの時…、現場にいた人物…、か。」
放火犯は、現場に戻る。
その定説を、顕著に表しているようなカタチだ。
ただ、附に落ちない点がある。
そもそも、放火とは…言えないのかもしれない。
それに…、燃え盛る炎を写したのでも…、ない。
あの日の、くすんだ…空。
暗くて、なにもない…ただの、空。
その方角は、ちょうど火災現場に背を向けた位置から撮られた…味気ないものだった。
カメラを向けているのは…北の空。
次の…ターゲットが、その…照準が。そこに、合わせられた。
「………『まだホシは見えないのか』…、か。ナメたマネ…してくれんじゃん。」
ホシ(犯人)が記した…警察への、挑戦状。
俺は資料を…ピンっと指で弾いて、小さく息を…吐いた。
「一連の火災に、関連性があるのか。そこに、焦点を置いて…捜査を深めて欲しい。」
一課長の言葉通り、犯行予告ととれるものが…本当に実現されているのなら。
どこかに、その共通項が…あるだろう。
「………繋がり…、ね。」
俺は、ジャケットのポケットに手を突っ込んで…、メモ帳を取り出す。
捜査を進めていく過程で、気になったこと、重要と思われるもの、感じ取ったことなどを…殴り書きのように、ひたすら書き綴ったものだ。
一番最近起きた火災は、痴ほう症の婆さんが住む…、木造2階立ての住居。
偶然にも、現場にいち早く訪れたのは…、
俺と…、そう、『ヤツ』だ。
パラパラと…ページを捲って。
その時の状況を…再確認する。
あの時は…、現場の整備に忙しく、書く暇など与えられなかった。
だから…、目で見て、耳で…聞いて、記憶したことを。あとで…思い返しながら、記載した。
「……汚ねー字。」
いつにも増して、雑に…ペンを走らせたのには、訳がある。
「八田…か。」
鮮烈に…残った記憶。
ヤツが…知らない男の背中で、ただの『女』に成り下がっていた…光景。
初めから…八田を疑うつもりはなかった。
捜査線上に挙がったのは…その現場に偶然居合わせたことに…過ぎなかった。
疑いを晴らす為の…捜査だった。
書かれているのは、『八田 聡』という…名前のみ。
火災への関与、その疑いは…勿論晴れた。
アッサリするくらいに…。
けれど、もうひとつの疑念は…予想に反することなく。
ヤツと八田との…再会に。
俺は、自身の人生観を…疎ましく思った。
人と、人との…繋がり。
ヤツ…、鮎川潤と再会したとき、その切れていそうで切れていなかった縁に…感謝した。
後悔した別れがあったからこそ…その念は強く、それから…甦っていく記憶とともに、大きく…膨らんでいった。
偶然だとか、一瞬だとか、それらがあっての…縁。
俺は…大事にしていきたいと、心から思った。
だとすれば、再び繋がった…ヤツと八田の縁。それに、意味を求めることは、その…答えを知りたいと思うのは、十分過ぎるほどの…理由だった。