恋の捜査をはじめましょう

ほかほかと湯気を上げる親子丼を…トレーにのせて、俺は、ヤツの背後へと…忍び寄る。

鮎川は、視線を落として。
テーブルの下に隠すよにしながら…何やら、スマフォをいじっていた。

いつもは…堂々と見るのに、明らかに…おかしい。

「よお。彼氏からLINEか?」

ハッパかけるつもりはなかったが…、つい、そんなことを口走った。


途端に、ピクリと肩が上下したのを、俺は…見逃さなかった。




「……。…違いますよ、今は。」

「『今は』、ね。」

バカ正直なのも…いいところかもしれないが、この一言には、色んな憶測が…付きまとった。

いずれにせよ、八田からだって…供述したようなもんだ。

「お前、詐欺とか犯罪とか、絶対出来ないな。」

「はあ?当たり前でしょう。」

ツンとした…応対。
臨戦体制が整ったと…思いきや。ヤツは目も合わせることなく…

また、画面に向き合ってしまった。


「………八田から、何て?」


そんな行動に出ることは、わからなくも…、ない。



それから、無理やり自白させるようなやり方は、俺の性分では…ない。

ヤツもバカ正直なら、こちらもストレート過ぎる質問だ。

刑事の血が…、騒ぐ。



「気になる…?」

「…………!」


「柏木さん…、気になりますか?」

「……………。」



そこでようやく…こちらへと振り返って。
俺を真っ直ぐに…見上げた。


「………………。」


ヤツは俺に、どんな言葉を…求めているのだろう。

ウッカリ…していた。

鮎川とまともに対峙するのは、あの日…、思わず手を出してしまった…あの時以来。


言葉に出して、気持ちを伝え合った訳じゃ…ない。

確固たる自信が…あるわけでも、ない。



それでも……、この、瞳は。

何かを真っ直ぐに…訴えかけている。




昔と…、全く変わらない、負けず嫌いな芯の強さが、ここにある。




それは…、警察学校時代。

ヤツが…柔術で、自分よりふた回りほど大きい相手を投げ伏せた…時だった。

優秀な人材など他に幾らでも…居る中、ヤツのその才は、すっかり埋もれてしまっているように…見えていた。

けれど…

爽快とも言える、見事な…一手。

決めた後に見せた笑顔は、それまで見た表情のなかで最も華やかで…、どんなに汗だくであろうと、とても綺麗だった。


気づけば…拍手を送っていた。
純粋に…、初めて見るその顔を…、もっと見てみたくて。

ヤツが…どう捉えたのかは、知らない。

普段の行いの悪さから、怪訝な顔つきをされるのかとも…思った。


けれど、睨むように…強い視線をこっちに向けた鮎川の、その口端が…、少しだけ、上がっていたから。

どんな顔したらいいのかが…もしかしたら分からなかっただけで、不器用な奴なんだって、思わず…そのまま、目を奪われた。




そう、あの時と…同じような。
何か言いたげな…瞳。




「………刑事に詮索いれようものなら、もう少しその脇の甘さ、なんとかしろよ。」

俺は発した言葉、その通りに。

ヤツがスマフォを持つ右手…、その脇の下を、ツンと突っついてやった。


ガシャ、と音を立てて。
スマフォが…床に叩きつけられる。


「ちょっと、何す…」
「つい、手ェ出したくなった。」

「はあ?」

思いっきり不満そうにこちらへと向き合うその口元から、ポロリと
「悪かった。壊れてたら…新しいの、買うよ。」
「そういう問題じゃ…」

「番号変わったって、別に支障ないだろ?」
「……あるよ!ありますよ、誰とも連絡とれないじゃないですか。」

「………それで縁が切れるなら、それまでの関係ってことだ。」

「…………。」


鮎川はムッとした顔で…スマフォを拾い上げると。次の瞬間には、ほうっと…息をついて、安堵の表情を見せた。


あからさまにそんな顔を見せられると、少し…イラつくのは事実だ。


「……別に…、『変わりないか』って連絡来ただけ。…それだけです。」

「……そう。」

「ってか、柏木さんには…関係ないことです。」

「……。まあ、それもそうだ。」

売り言葉に…買い言葉。

ヤツを挑発するのは…俺の真骨頂。

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