恋の捜査をはじめましょう


ひとまず…、鮎川の向かいの椅子に座って、親子丼を、一口食べた。


「……懲りもせず…また、親子丼ですか?」

イライラオーラ全開のまま、それでも…無視せず話し掛けて来るのは、大きな進歩かも…しれない。

「時子さんに失礼ですよ。」

「……。何で?おばちゃんは、俺の味方だし。」

「………?」

「卵にしっかり火通して貰った。」

「……うわ~…、しょうもな…。」


ヤツはまだ…何にも気づかずにいるから。

そろそろ、こっちから折れてやろうって…思ったんだ。


二人だけの…時間。
今は…、だいぶ貴重な…時間。





「……あのさ、やっぱり関係なくは…、ないんだよ。」


「………?」

「卵と鶏の関係性とは?」



「………は??なんの話して…」
「いいから、答えて。」

「……『親子』…。」
「正解。鶏肉に…卵が絡んで、とろうと思っても…なかなか取れない。おまけに火、通したら…ますますくっついてるし。ましてや、まあ…親子だし。切っても切れない何かが…あるんだろーよ?」


温めて、温めて、育っていって。
切ろうと思っても…切れることのない、強い絆。

「うん、まあ…それはそうでしょうけど。」

「アンタの前でこれを食べる理由は…、それかな。」

「…………。親ゴコロ?ああ、そっか、いつも一人で食事とってるから…放って置けないって話ですか?」

「は?」

「……なるほどー…、そっかあ~。……そっか。」



的はずれな…返事。


けれど……少しは意図が伝わったのか、急に目を泳がせて…クスクスと笑っているから。


多分…、そうなのだと思う。





「……で、柏木さん。毎度聞くけど…何しにここにいらっしゃったのでしょう?」


鮎川の、お決まりの…台詞で。
俺たちの、穏やかな時間は…終わりを迎える。


ヤツは…、恋愛においては大層鈍いけれど、仕事に話が及べば…

全くの、別物だ。




「ひとつは、鮎川ののほほんとした顔が…見たくなったから。」

「……のほほんって…。」


「……それから…、もうひとつ。」

「え?」



「アンタに…思い出して貰いたいことが。」

「………?何…?」


「……あんたが…腰を怪我した時のこと。その直後を目撃していた八田から…聞いたんだけど。」

「八田…から?」

「うん。お前…、そこにいる誰かと…会話したか?」

「会話…?……ああ、転んだ所を助けてくれた人がいましたけど。」


「……そいつは、男だった?年齢と背格好…、それから…服装は?」

「………!もしかして、事件に関与してる可能性が…?」


「ああ。『躓く石も縁の端』って言葉…あるだろ?些細なきっかけでも…もしかしたら、何かに繋がるかもしれない。躓いたのは、石じゃなくて…自転車だった。そこに間違い…ない?」

「……うん。」

「出来るだけ詳しく教えて欲しい。あんたの立ち位置も含めて…。」




八田の証言したのは…、俺が鮎川から目を離していた間の…出来事。


証言通りならば。
鮎川が…そのときにいた場所。その位置が、送られて来た写真と…ほぼ一致するのだ。





鮎川は…少し考え込む様子を見せて、それから…ゆっくりと、口を…開いた。


「………ごめんなさい。」

「……え?」



「あの時私は…、自分のすべきことを、怠ってしまった。」

「………………。」


「言い訳はしません。周囲の状況を、把握しては…いませんでした。目の前のことにしか、対応もできず…。」

「……そっか。」


それも…その筈だっただろう。
暴れる婆さんに…、腰に走った、歩けなくなるほどの…痛み。

応援がまだない火災現場で、そう多くのことを…個人が担うにも、限度がある。


現に俺も、コイツを……ちゃんと見ててはやれなかったのだ。


だけど……、甘やかす言葉は、かえって鮎川のプライドを…傷つけるのかもしれない。

例えば、鮎川が…ただ、火災現場に居合わせた一般人だとすれば。

そこから…逃げたって、痛みに…泣いたって、女性であることを…武器にしたって。全部を全部、受け止めてやれるだろう。


でも、こいつは…違う。
自分の責務に…自覚を持って、常に誇りを…持っている。

その分、自責の念は…人一倍、大きいんだ。


「バカだな。一期一会って言うだろう?いい出会いだったかもしれないじゃん。」


だから……、優しくは…出来ない。
いつものペースで、傷つけることだけは…せずに。


アンタの後悔に…付き合ってやればいい。


「………。……いや、ないでしょうそれは。」


鮎川は…、俯いたまま。
声に覇気が…、ない。


「わかんねーよ。俺らの再会も…、似たようなシチュエーションだったじゃん。」

「………ああ、あの厄日ですね。」

「……オイコラ…、良縁だろ、良縁。」









< 98 / 142 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop