恋の捜査をはじめましょう
「……あ。そう言えば…、柏木さんと会った時に…少し似てたかも…?」
「あ?」
心中穏やかでいられない、発言。
その言葉の…意は?
「目しか…見えなかった。」
「………?目?」
「うん。そうだ…、そうだった。柏木さんと再会したときも、そのせいで…気付けなかった。『マスク』に…『帽子』。服装までは…覚えていない。直前まで吹雪いていたし、柏木も…防寒で着けていたでしょう?」
ただの、見た目の…話。
けれど…、今はそれだけで…十分だ。
「………。……アホ。一緒になんて…すんなよ。」
「……ん?違ってました?」
「アレは、アンタから正体隠すための…策だった。」
俺が俺だと…知らないまま。
アンタどんな風に…動いて。どんな…警察になっていて。
それから、どんな女に…なっているかって。
見てみたいって…思ったんだ。
『正体を隠す』。
それは……犯罪を犯す者においてもなお、当然働く心理であろう。
「………ごちそうさま。」
俺は両手をパンっとつき合わせて、急いで…席を立つ。
「もう…行くんですか?」
「…………。」
そっちこそ、食事を終えたら…直ぐに席を立つ筈だろ?
何でいつまでも、そこに…居るんだ。
俺はふと…、食堂のおばちゃんの言葉を…思い出す。
『焼き鳥丼の方が、安いよ?……て、潤ちゃんが…柏木くんに勧めてって。』
「……………。」
もしかして…、俺が鮎川に会いに来たように。
アンタは……いつ来るかも分からない俺を、待っていた?
都合のいい…解釈かもしれない。
けれど…それがもし、事実なら。
俺はやっぱりヤツに……触れたいって衝動が、優しくしたいって…心理が。
どう足掻いても…、働きかけてしまうんだ。
「今…、一連の火災について、SMSで投稿された動画や画像の解析も…急いでる。本来なら、アンタも一緒に…捜査に加わって、もっともっと…ああだこうだって、言い合えるのに…。」
「…………。」
「だから……、早く戻ってこればいいって。そんくらいは…思ってる。」
ヤツの頭を…これでもか、というくらいに…めちゃくちゃに掻き乱して。
最後に…思いきり、はたいてやった。
さぞかし、憤慨するのかと…思ったのに。
「……ごめん。」
奴から出た言葉は、意外な…ものだった。
「ごめんね、柏木。」
どうして、謝りなど…するのか。
若干、胸が…ザワつく。
「……私…、鮎川潤は……」
「………。…なに?」
「この度、」
やけに、深刻そうな…顔。
まさか、八田と…ヨリを戻すと…決めたとか?
「……この度、」
「随分引っ張るな…。いーから早よ言えや。」
「この度…、捜査本部に復帰することが決まりました!!」
呑気にも、パチパチと…手を叩いて。
自身を祝福する…その顔は、先程の落ち込みようがまるで演技だと…言わんばかりに、晴れ晴れとした、明るい笑顔。
「……は?じゃあ………。」
今までの話は、全部…知った上で…?
「アホ、もっと早く言え。」
「言おうとは思ってたんですよ?だからこそ、ここで…待ってた。誰よりも早く知らせたい。そう…思ってたのは、嘘じゃないです。」
「……そう。まあ、良かったじゃん。」
「……うん、本当に…良かった。腰の回復も、思ったより早かったし。それに……。そうそう柏木さんに負けてばかり…いられないし。」
「…………。」
鮎川は、俺に再度座るように促して。
それから、こちらに身を乗り出す。
「複数の手袋痕が認められた予告状…。科捜研に持ち込んだ、それらの鑑定結果が出ました。予告状そのもの、それから封筒とに、2種類の異なる手袋痕が検出された。いずれも、布手袋と思われるけど…、特定には至らず。けれど、ひとつ、犯人の特定に繋がる可能性も…残されていた。」
鮎川は、また、表情を変えて…。
今度は、一気に…険しい目付き。おまけに眉間に皺を寄せて、鋭いその、警察眼を…光らせる。
とんでもない百面相。
掴み所のない…この気質。
一体どれが…本当の姿だ、と思うけれど。
ジェットコースターに乗っているかのように、予測不能で…進路変更に忙しくて。
難攻不落な相手であることは…間違いない。
「……お前さ、何でそんなこと知ってんだよ…。」
互いに声を潜めて。
「アナタが席を外している間に、情報が入った。」
いつもよりも、近い距離で…話し続ける。
「……で?その、犯人の特定に繋がる可能性って?」
「封筒の方に付いていた手袋痕。付着していた、その成分を分析した結果。」
「……?」
「5指のうち、親指…それから人指し指と思われる部分だけに、認められたものがありました。これって凄く特徴的だと思いませんか?」