HとSの本 〜彼と彼女の夢〜
 先生の授業は今まで受けた教師のものとは違う。

 基本など自分で身に付けられる、社会に出るなど通わなくても可能だ。学校とは自分一人で出来ないことを可能にする矯正施設だ。
 それが先生の理屈。
 思うところがあったわたしは、それに頷いた。
 それを見た先生は、お腹を抱えて笑った。

 君はマゾヒストか? いじられることをわかっていてくるようでは自己開拓意識の強いことだ。そんなに自分が嫌いかね。

 先生の言葉に、なぜか頷けなかった。
 自分が好きかと言われれば、それはまず有り得ないことだった。
 けれど、それより
 口にしなければならない思いがあった。

 ――どんな傷を付けられても
   変えたくない思いがある。

 この時。
 先生は初めて、
 嬉しそうに笑った。

 わたしは、どうにかしてこの先生とやっていこう、と思うようになった。
 それは変化だ、と笑う声。
 嬉しそうなもう一つの笑顔。
 次に逢えるのはお昼休み。

 ああ、早く時間が過ぎないかな





 そんなわたしを、先生が遠くから見ていた。
 でも気付かない。
 意識は完全に、廻る外へと向けてしまって。

「これは恋か?
 いや……好意ではあるが、まだ甘いな」

 そんな言葉も、聞き落としていた。
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