HとSの本 〜彼と彼女の夢〜
 ――キーン、コーン、
 チャイムが鳴る。わたしは教科書を机にしまい鞄を持って立ち上がろうとした。
「待ちたまえ。授業はまだ終わっていない」
 はやる気持ちが抑えられない。だというのに有無を言わせない先生の声。
 わたしは渋々座った。
 この人とわたしでは実力の差がありすぎる。もちろん、腕力だけの問題ではない。
 なに、手間はとらせん。
 そういって取り出す、一枚の藁半紙。
「少し待て。前半かなりどうでもいい挨拶文と問題なのだ」
 裏から透けて見えた。アンケートだろうか。それをどうでもいい、と切り捨てる教師はいかがなものか。
 これだ、と先生は見つかったのか、藁半紙を折り畳む。

「君の夢はなんだね?」

 要約されている。そんな慇懃無礼な問い掛けが、全生徒に配られる用紙に書かれるはずがない。
 でも内容は本物だろう。
 わたしの夢は何か。
 漠然とそう聞かれて、何も思い浮かばない自分がいた。
「彼らが何をしたいのか知らないがね、詰問内容は聞いてのとおりだ。将来の夢、目標、希望。進路希望と相談を一まとめにしたと思って答えてくれ」
 先生は、気楽に答えろと言いたいのだろう。
 難しく考えず、具体案などなくてもいい。子供みたいな純粋で、単純な夢でもいいと。

 でも。それでも。
 わたしは何も浮かばなかった。
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