HとSの本 〜彼と彼女の夢〜
 得体が知れない、不気味、マッドマギウス、歩く災害、等々ひどい悪名を轟かせる彼とここまで付き合えたのは、家族がいるならそれを抜いて自分が初めてだと言った。
 別に付き合いたかったわけじゃない。ある目的の為に、必要だからいただけだ。
 それはこれからも続く。
 そして、彼も同じのはずだ。
 必要だから傍に置いていた。いらなくなれば切り捨てる。
 気味が悪いほどに、二人はどこかが似ていた。

 さて。俺は何を必要としているのか。
 また。彼は必要なものを手にしたのか。
 わかっているのは一の点。そこから派生したグラフの高さは、ゼロからは見えない。
 もし。
 ここで対立が起きたなら。
 考えると、少し寒い。

 見ろ、物思いに耽る。それをわかっていながら邪魔する彼。
 たまに本気で欝陶しい。
 そんな彼が指差す先には、清、と静まり返った校舎。
「胸くそ悪い」
「沈黙は美徳だが学生には冒涜だな」
 一斉に授業があったのだろう。誰もが予習復習で、賑やかな休み時間の気配がない。
 さながら通夜か。
 または廃墟の夜。
 羽虫のはばたきさえ許さない、そんな空気が立ちこめていた。
 沈黙なんて比じゃない。
 在るのは完成された虚無の世界。閉じ込められた住人に、そこを脱する術はない。
 そこが至上だ。
 そこが楽園だ。
 そこが桃源郷。
 そこがエデン。
 魅惑な言葉で騙されて、悪夢と知らず目を覚まさない。
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