HとSの本 〜彼と彼女の夢〜

二人の授業

 授業は、退屈ではなかった。先生は面白いけれど内容が考えさせるので、気は抜けないし大変だけどそこはそれ。あの人の性格とか性質が堅苦しさを吹き飛ばす。
 だから、別につまらないと思わない。
 窓の外から眺める世界にも
 教室から聞こえる笑い声にも
 友達と作る明るい雰囲気にも
 羨む余地はなかった。

 だからその日、あまりにも静かで夢かと思った。
 喧騒も
 談笑も
 歓声も
 怒鳴も
 何も聞こえない世界。

「やれやれ。勤勉な生徒達だ」
「先生。何か知っているんですか?」
「ああ、本日一斉に『白い箱庭』が授業を行うのだ。もう終わったはずだが、皆復習に熱心なようだな」
 遊ぶことも捨てて、
 友好も切り払って、
 自己を塞ぎ込ませて、
 ただ一心に取り組む姿。
「まるで監獄だな。いや、宗教団体でもあるのだから、ある意味正しい影響か」
「……いやな響きですね」
 わたしは、あの人達が嫌いだ。
 神様がいるとか、
 悪魔は滅べとか、
『わたし』は堕落だとか、
 そんなことしか言わない者を、どうして好きになれるだろうか。
「だがな」
 先生は言う。
 その笑みは今までと違い、不可解なものと接した科学者が見せる、狂喜に似ていた。

「君は受講希望を出しただろう。嫌悪する存在が織り成す世界に自ら飛び込もうとしたではないか」

 それは何故か、と聞く。
 ああ、それが理解できないから楽しそうなんだ。この人は。



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