HとSの本 〜彼と彼女の夢〜
 生命を基準としているから、わたしたちは日々を過ごすことが出来る。
 退屈に死に逝くことを嫌うから、遊び学ぶことを知る。
 無為に死に逝くことに嘆くから、新たな命を育もうと愛を知る。
 生物としての基本を命が回す。『わたし』たちと言う個人は、ここから派生した生き物。1から生まれた数字。この一番小さな、けれど覆せない大きな1を使って生まれた『わたし』たち。
 命より大事だとか、
 命の重さを計るとか、
 そんなことを言えること自体、まず命がなければ出来はしない。

 生きている、ただそれだけで
 命より大切なものはない。



「ふむ。なかなか面白い考察だ。加点してあげよう」
「……ありがとうございます」
 素直に喜べない。
 どうせなら数式を解いて誉めてほしい。
 やっぱりまだ、数学は始まっていなかった。
「つまり君は、死なないから『あれ』の講習を受けたい、と言うのかね」
「そんな訳ないじゃないですか」

 何馬鹿な事言ってんですか。

 あまりにも素っ頓狂なことを言われたので、反射的にそう返していた。

 ……失敗した。

 そう思ったとき、ヒトはいつも手遅れだと、身を持って知る。

「――誰が馬鹿かね」
「なんでもな」
「誰が馬鹿かね」
「なん」
「誰 が 馬 鹿 か ね」
「ご、ごめ」
「どうやら数学を一時中断し、道徳と国語を始める必要がありそうだよ」
「最初から始めてな」
「――何かね?」
「なんでもないです!」
「どうやら礼儀作法も習いたいようだ。安心したまえ、これでもお嬢様学校で学年主任を担当したことがある」
「そ、それで?」

「――立派なレディーに仕立ててやろう」










 アッーーーー!!
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